イタイノイタイノトンデイケ教
竜月
第1話 人を喰う島
「イタイノイタイノトンデイケ様!」
という大きなかけ声と共に、右腕が根元から破裂した。
「ぎゃあああ」という悲鳴があがったが、「イタイノイタイノトンデイケ様!」の合唱にかき消された。
「イタイノイタイノトンデイケ様」のかけ声はドンドンドンと鳴る太鼓の音に乗せて止むことがない。そして右腕の次に左足が千切れて飛んだ。
被害者の顔は血管が浮き、喉を嗄らすほどの悲鳴を上げているようだが、それももうほとんど聞こえない。ただ、身体をよじって口がパクパクと動いているだけに見える。
そして左腕と右足も千切れて飛んだ。
千切れて飛んだ四肢は破裂し、骨を巻いた赤い肉から大量の血液が流れ出た。
四肢を千切られた本人の顔は恐怖が張りつき、涙と汗と血で汚れていた。
四肢が千切れた瞬間に被害者の横で立っていた白装束の男の右腕が上がり、合唱がぴたりと止んだ。
出血のショックで被害者はすでに事切れており、恐怖の表情が張り付いたまま血だまりの中に座るダルマと化していた。
かけ声をかけていた集団は揃いの紺の服を着用し、正面の男の前に跪き頭を垂れている。
「天真様、碧き者にご加護を」
と側で控えていた紺色の衣服を着用した老人が促すと、
「いいだろう」
と天真と呼ばれた男がうなずいた。
天真は整った理知的な顔をしている。IQが高く、政治家や医師を排出する有名な大学出身だ。天真の声には1/fゆらぎがあり、聴く者に癒やしと心地よさを与える。
品のある顔に優しい笑顔、そして素晴らしい演説。
天真の説教はどこへ行っても大盛況だった。
皆が全てを差し出しても天真の側によろうとする。
身の回りの物を全て金に換えて、自らは食うや食わずになったとしてもだ。
老人が集団の方へ振り返ってうなずくと、最前列で熱心に合唱していた五人が顔を上げた。その顔は嬉々としているが、鱗のように見える荒れた皮膚にぎょろりとした大きな目、ぽかんと開いた口からはギザギザの歯が見えている。坊主の者、長髪の者髪髪を結わえている者、老若男女様々だが容貌だけは酷く似ていて、深海魚生物を思わせるような不気味な顔だった。
彼らは天真の言葉に、嬉しげに身体を揺すってから前に進み出た。彼らのすぐ前には先程千切れた被害者の手足が血だまりの中で転がっている。
華奢な体つきの青年が嬉しげに腕を拾ってそれを口に運んだ。
それをきっかけに選ばれた五人は他の腕と足を奪い合いながら食いだした。
くちゃくちゃという咀嚼音と、ガリガリと骨を囓る音、床に溜まった血を啜る者。
それ以外の者はまだ整然と座っていて、涎を垂らす者もいたり、羨ましそうに小さなうなり声を上げて、じっと眺めている。
その集団の最後列に娘がやはり正座して頭を垂れたままじっと蹲っていた。
身体はぶるぶると震え、手も足も硬直している。
床にこすりつけた額からは汗が噴き出て、目は大きく見開き目の前のささくれた床をじっと見つめている。音も立てず、身動きせず、誰からの意識からも逃れるように、ただ気配を殺して集団の中に溶け込もうと必死だった。
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