第2話 都会すごい
春、俺は都会の高校へ進学した。
――街が垢抜けてる……。
入学して二週間ほどたったが、まだ新鮮に感動できる。
地方の政令指定都市ではあるが、建物が高いし、コンビニやドラッグストアはやたらあるし、駅にはアニメやゲームの広告が数多く掲示されている。
地元には二階建て以上の建物がほとんどなく、コンビニまでは自転車で十五分かかるし、駅の広告は歯医者や整形外科ばかり。しかもその看板は錆びている。そんなド田舎から引っ越してきた俺にとって、ここは桃源郷かなにかに思えた。
そしてその桃源郷には、俺の理想を煮つめて濃縮したような『お姫様』がいた。
「おはよう」
澄んだ鈴の音みたいな声がして、俺ははっと振りむいた。
ハーフアップにした栗色の柔らかそうな髪、柔和な目元、ふっくらしたくちびるに微笑みをたたえた、清楚で可愛らしい女子――二年生の
「へ、えっ……? お、おひゃ……」
気が動転して言葉を噛む。更家先輩は小首を傾げ、俺の横を素通りして前方を歩いていた女子たちの輪に入っていった。
背中に嫌な汗が噴きだす。
――これ今日の夜寝られなくなるやつう……!
俺は女の子としゃべれない。雪路の影響でやんちゃっぽい子とは話せるのだが、ふつうの子はもちろん、先輩のような可憐な女子とは挨拶だってまともにできないくらい緊張してしまう。
これじゃあ顔見知りになるのだって難しい。
「おはよう」
今度は男の声。しかし俺は反応しなかった。
「おはようって」
もう一度、声がした。しかし俺は無言で歩く。
「加賀」
俺の苗字は加賀だ。しかし俺ではない加賀を呼んでいる可能性は排除しきれない。
「おいって」
と、肩をつかまれた。
その手の主は、同じクラスの
「加賀って俺のことだったのか」
「え、中身入れかわった?」
「いや、自分の認知に自信がなくなって」
「ああ、さっき更家先輩の挨拶に返事しそうになったからか」
「見てたのかよ……」
「だから急いでからかいに来たんだよ。当たり前だろ?」
と、爽やかな笑顔を浮かべた。
――なんて嫌な奴。
整った顔立ちに、よく整えられた眉毛、ふんわりとした髪、地方から来た俺とすぐに打ち解けるコミュ力。俺とは違い、いかにもモテそうな男子だ。実際、浮いた話はいくつか耳に届いているが誰かと付きあっているという話は聞かない。
それには訳がある。
「キョドるのもしょうがない。更家先輩、可愛いもんな。でも残念、お前とどうにかなることは絶対にない」
「お前、先輩を狙ってるのか?」
「狙う……?」
大夢は端正な顔をしかめた。
「俺が更家先輩を? そんなわけないだろ」
「まさか彼女ができたのか? それで――」
「彼女なんてできてない。作る気もない」
「なんでだよ」
「女の子は女の子と付きあうべきだからだよ!!!」
大夢の叫び声が爽やかな朝の空気を切り裂いた。
――おお……、視線が痛え……。
これが、大夢が誰とも付きあわない理由である。
「俺なんかが女子たちの美しい関係に水を差すわけにはいかんだろお……!」
「少し離れて歩いてくれ」
「大丈夫。恋愛対象が男というわけではないから」
「違う、知りあいと思われたくないから離れろと言ってる」
「照れんなって」
「恥じてるんだよ!」
ふと前を見ると、更家先輩が口元に手を当ててくすくすと笑っていた。
――くそぅ……!
まだ言葉すら交わしたことがないのに悪印象だけはしっかり与えてしまった。
「貴様のせいで、貴様のせいで……!」
「おお、リアルに『貴様』って言われたの初めてだわ」
などとからから笑う。
「視野を広く持て。清楚でおしとやか女子は更家先輩だけじゃない。一年にだっているしな」
「清楚でおしとやかなら誰でもいいわけじゃない」
「そうか、それはすまな――」
「しかし一応聞いておこうかっ」
大夢は微笑んだ。
「好きだぜ。湊人のそういう軽薄なところ」
「柔軟と言ってもらおうか。でもいいのか? 女の子は女の子と付きあうべきなんじゃ」
「お前がその子をどうにかできるとは思ってない。そこは信頼してる」
「そんな信頼いらん。――で? どこのクラスだよ」
「E組」
俺たちはA組だから距離はそうとう離れている。しかもまだ入学して間もない四月。知らなくても当然だ。
大夢はうっとりとした表情で語る。
「長い黒髪がさらっさらでさ、目元が涼やかで、寡黙で、仕草も気品があって……。あれはきっといいところのお嬢様だな」
「へえ」
「できればちょっと男っぽいショートカットの――そうだな、剣道部の飛永さんなんかと合うんじゃないかな。ふだんは飛永さんのほうがぐいぐい行くんだけど、いざとなったら攻守が逆転してさ……。――あ! でも更家先輩も捨てがたいな。『お姉様……』みたいな? へへ、へへへ……」
後半は聞かなかったことにしよう。わざわざ虎の尾を踏みにいく必要はない。
「で、その女子の名前は――」
大夢はかっと目を見開いた。
「おおっ、噂をすれば」
「え、その子か」
「飛永さん!」
「そっちかよ!」
「すまん、湊人。ちょっとストーキ――野暮用ができた」
「なにを言いかけた」
「王子様タイプの女の子は意外と貴重なんだよ。分からんか」
「なんも分からん」
「というわけで」
二本指を振ってウインクし、大夢は駆けていった。容姿も仕草もまるでアイドル。しかしやっていることはほぼ軽犯罪だ。
――というか名前……。
一番大事なところを忘れていきやがった。
――E組のお嬢様系女子、か。
まあ、同じクラスの女子ともまだまともに会話できていないのに、そんなに距離があってはきっかけをつかむのさえ難しいだろう。一応、心には留めておくか。
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