第5話 未来の勇者になる男

「アイリーン!」


 遠くからでもわかるキラキラとした眩い光を放ちながら現れる青年に、わたしは平常心を保つよう心がけながら顔をあげる。


「舞姫の話、受けてくれたって?」


「て、テオ! あなた、よくも……」


 生まれたときから一緒に過ごしてきた鍛冶屋の息子はしてやったり、というように歯を見せて笑う。


 美しい金色の髪の毛が太陽の光を浴びて、さらっと揺れる。


「わ、わたしには無理よ。今からでも構わないわ。訂正してほしいのよ」


 わたしに恥をかかせたいのだろうか。


「無理じゃないさ。俺は十五になったらアイリーンの舞姫姿を見たいと思ってたんだよ」


 楽しげに揺れる淡い空色の瞳に困惑した表情のわたしが映る。見つめられてしまえば目を逸らせてしまう。


「な、何を言ってるのよ」


 冗談じゃない。


「わたしなんかよりも……」


「絶対適任だと思うよ。アイリーンは美しいし、舞っている姿は本当にいつも惚れ惚れするんだ。俺の目に狂いはないよ」


「………」


 恥ずかしくないのだろうか。


 照れた様子もなくさらっとわたしを動揺させるセリフを淡々と告げてくるこの人たらしに絶句する。


 こうして有無を言わせない笑顔と彼なりの独自の根拠で丸め込まれたことにより昨日集まったらしい人たちも承諾するしかなかったのだろう。ああ、頭が痛い。


「テオは幼なじみ贔屓なのよ」


 いつもそうだ。


 テオは他の人に比べて、わたしに対する評価が高すぎる。


 そしてとっても甘やかす傾向にある。


 常に人の中心に立ち、人望も厚い人気者に特別に扱われることは幼なじみならではの特権とはいえ、有り難くも贅沢なことではある反面、ますますわたしに対する女の子たちの風当たりが強くなり、敵が増えつつあってそろそろなんとかしてほしい。


「これからはお仕事だって増える一方で、練習してる暇だって……」


「俺も手伝えるところは手伝うから」


「う……」


 平常心平常心。


 左手指先にだけ小さく力を入れて軽く握る。


 閉じた手のひらから微かに光がもれる。


「幼なじみ贔屓だっていうけど、アイリーンこそ自己評価は低すぎるんだ」


 平常心平常心。


「だから俺がかわりにアイリーンの良さをアピールしておかないと」


 神様はわたしに、どれだけ試練を与えたいのかしら。


「し、失敗したらテオのせいだからね」


 ほてる顔を隠したくてまたうつむいて、作業に集中するふりをする。


 て、天然たらしめ……


「その心配はありませんから」


 その声に迷いはない。


 まるで自分のことのように自信を持って頷くテオのせいで盛大に針で指をついたのはここだけのお話。


「ま、まぁ、できる限りのことはするわ」


 平常心よ。


 すうっと息を吸い、落ち着くことを意識して言葉を発する。


「するから……」


 そんなに熱い目でじっと見ないで……


「無事に終わったらアイリーンの言うことをきくから」


「えっ?」


「なんでもきくから」


 思わず見上げた先でテオが優しく頬を緩めた。


「な、なんでも……?」


「そう。なんでも」


 吸い込まれそうな澄んだ瞳にはっとする。


「き、気にしなくていいわ」


 一瞬、叶わぬ願いを唱えそうになった。


「どうせ誰かがしなくちゃいけないことだもの。それに、収穫祭への感謝の気持ちはこの街のみんなと同様、わたしもしっかり持っているから」


「じゃあ、収穫祭でお礼がしたい」


「えっ……」


「アイリーンが喜ぶこと、考えとくから」


「で、でも……」


「しばらくはゆっくり会えそうにもないし、お互い収穫祭の日なら……って、やべっ!!」


 正午を知らせる鐘がなり、カウンター越しに乗り出していたテオは慌てて体を起こす。


「ほんのちょっと抜けるって言ってたんだった」


 鍛冶屋の息子はこのあとも店番をして、いつものようにトレーニングに通うのだろう。


「せっかくアイリーンと久しぶりに話せたって言うのに……」


 腰に手を当て、はぁーっとため息をつく。


 さすがは日々鍛えているだけのことはあってやっぱり立ち振舞は様になるなぁとこっそり思う。


「アイリーン、約束だからな。収穫祭の日は、俺に礼をさせること」


「え? でも……」


「もう先約があったりする?」


「し、しないけど……」


 こ、この流れはまさか……と、脳内が危険信号を点滅させ始めた気がする。


「そうか、よかった」


 その笑顔は反則だ。


「よ、よくな……」


「じゃあ決まり。舞い終わったあとは、俺と過ごすこと」


「えっ、そんな……」


 う、うそでしょ。


 なんとも強引に約束を取り決められ、当のテオ本人はさわやかな笑みを残したまま店を出ていこうとする。


「ま、待って、テオ!」


「アイリーンに拒否権はなし」


 片手をひらひら振って、いつの間にかたくましくなった背中はわたしの元を離れていく。


 手を伸ばしても、もう届かない。


 わたしは流れるようなその光景をゆっくり目で追うことしかできなかった。


「わたしの気持ちを思うなら……」


 ぽつりと呟いた言葉は街の喧騒にかき消される。自然とため息が出た。


 どんどん小さくなっていくその後ろ姿から目が離せない。


 時が来たら、きっとこうして去っていくくせに。


 その姿は未来を物語っていた。


 今更ながら、針を突きさした指先がチクチク痛む。


 ぐっと胸が痛くなるのをこらえる。


 わたしのことを思うなら、これ以上関わらないでほしい。


 何度も願ったその想いは叶うことはない。


 わたしはきっと、変わらぬ時間の中で時が来るまで決められた生活を送り続けるのだろう。


 この一向に乱れることのないボブヘアのように。

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