第10話 わたくしとヒロイン
それは偶然でしたの。
待ちに待った学園の入学式でのステージはとても素晴らしいものでした。
ですが、それを終えてもわたくしのこころに前世の昂りは甦りません。
一体何が違うのか分からないまま、わたくしは自身のプロデュース能力の無さに自己嫌悪しておりました。
すると、見知らぬ女生徒がいきなりわたくしを指差し「ロゼッタ!!」と叫びました。
わたくしの見知った方ではありませんが、もしや彼女も前世持ちでロゼッタを知っている方なのでしょうか?
わたくしが疑問を持ち首を傾げると、その女生徒はそのままズカズカと足音を立ててこちらに近寄って参りましたの。
学園のマナー教室で何を習ってらっしゃるのでしょうか?
こちらは前世とは違うことを分からないヒドインタイプの女生徒なのでしょうか?
「あなた!悪役令嬢のロゼッタでしょう!私のヒロインライフを邪魔しないでよね!」
再び、びしりと指をわたくしに向かって指されました。
とても失礼な言動ですが、それどころではございません。
「わたくしは悪役令嬢ですの?」
「そうよ!」
びしっとしたポーズのままヒロインを自称なさる方が指摘なさいます。
「あの、それよりもお名前を伺ってもよろしいでしょうか?わたくしはハーベスト侯爵家のロゼッタと申しますわ」
「ご丁寧にありがとう存じます。わたくしは、サメロット男爵家のリリアンヌと申します」
お互いにカーテシーをして名乗り合う。
これでお互い知り合いという立場になれましたわ。
「さぁ、これで存分に決着がつけられるわね!なんで攻略対象の王子達がアイドルみたいなことしてるのよ!おかげで攻略情報がまったく役に立たないわ!バグ!?あなた何か知らない?」
「わたくしがプロデュースしましたわ」
「は?」
「王子達がアイドルになるようわたくしがプロデュースさせていただきましたわ。先程のステージ、いかがでしたでしょうか?」
「めちゃくちゃかっこよかったしアイドルをしていてもアトリオ様最高!!てなったわ。ペンライトがあったら振り回していたわ!!」
「振り回すのは危ないのでお止めくださいませ。そうですか、あなたはあのステージでも納得いったのですね」
「ええ!皆様とても素敵でした!チェキ会とかないんですか!?」
「ありませんわ。もう少ししたら我が家の魔道技術師が映像機器を開発出来る予定ですのでお待ちください。でも、わたくしはまだまだあのステージでは納得しておりませんの」
ため息をつきながら答える。
入学式のステージは入学生として席から見ていてもとても素晴らしいものでした。
ですが、何かが足りないのです。
前世でのライブで感じたあの高鳴りには程遠い。
今のアトリオ様達では、わたくしの求めるアイドルにはなれませんわ。
ですが、お歌もダンスも完璧です。
これ以上、何が足りないんでしょう?
初めての練習、ステージからずっと引っ掛かっておりました。
ステージは最高なんですの。
でも、何かがちがいますの。
ステージを客席から見ていただけのわたくしでは、やはりアイドルをプロデュースするなど出来ないのでしょうか?
リリアンヌ様にはご満足いただけたようですが、わたくしの胸はまだ冷えたままですわ。
あのライブによる高揚感は今世では味わえないのでしょうか?
わたくしが一人で思い悩んでいるとリリアンヌ様はお怒りになりました。
「ていうか!アトリオ様は王子という重責に耐えてお一人で苦しんでらっしゃるのに何をアイドル活動までさせてるのよ!余計にお忙しくなるじゃない!!気遣いなさいよ!」
「そうなのですか?なんでもこなしてしまいますし、アイドル活動も熱心にやられているようにお見受けしましたが」
「そんなの!皆様が良いお人だからよ!いい!?そんなことより皆様は―――!」
リリアンヌ様は乙女ゲーとしての皆様が抱える心の闇とやらと攻略情報を詳細に怒涛のように教えてくださいました。
皆様、そのようなことでお悩みになってらしたんですね。
「まぁ、その辺りのことはヒロインであるリリアンヌ様にお任せしますわ。ぜひ皆様の心の闇とやらを解決し解散問題にならない程度に恋愛なさってくださいませ」
「えっ!?いいの?!」
リリアンヌ様が大層驚かれたご様子ですが、わたくしには関係ないことですもの。
「わたくし、悪役令嬢なのですわよね?」
「そうよ!」
「でしたら、悪役令嬢らしく好きなように致しますわ。わたくしの手で、アトリオ様達をわたくしの理想のアイドルにしてみせますわ!」
「はーーー!?ヒロインは私って言ってるでしょ!それにみんな忙しいのに余計な仕事増やさないでよ!私とのデートの時間が無くなっちゃうじゃない!………でもステージ上のアトリオ様達はめちゃくちゃよかったからまた見たい!ああ!なにこの矛盾!私は一体どうしたらいいの!?」
リリアンヌ様が頭を抱えて悩まれております。
わたくしの理想のアイドルはまだ出来上がっておりませんが、こうしてファンがいらっしゃると分かっただけでも充分ですわ。
私の空虚はいつか埋まるでしょう。
このままステージを重ね、足りない部分を探していけば…いいえ、初めてのステージから幾年経ちましたが答えは分かりませんでした。
ヒロインでしたらわかるのでしょうか?
「リリアンヌ様!」
わたくしは、リリアンヌ様の両手を握り締め目線を合わせました。
「リリアンヌ様!ヒロインのお力で、わたくしの空虚な心もお救いなさってくださいませ!」
「えーーーーー!!?!」
間近で絶叫されて大変うるさかったですが、これはわたくしの死活問題です。
アイドルを推したいのに推しきれない。
これは重大な問題ですわ!
「ヒロインは心の闇を解決されるのですわよね?でしたら悪役令嬢も含まれても良い筈ですわ!」
「どんな理論よ!でも、一応話だけは聞いてあげるわよ!一応なんだからね!勘違いしないでよね!悪役令嬢と仲良くする気はないんだからね!」
リリアンヌ様は古典的なツンデレを発揮し、わたくし達は立場やゲーム内のポジションを越えてお友達になりました。
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