第20話 飢餓の街 ⅱ

 対空防衛ミサイルシステムを輸送したカールが戻ったのは、20名のパイロットが戦闘機を盗みに向かった二日後のことだった。彼は、防空ミサイルシステムが稼働してもエアルポリスへの侵入は難しいだろう、と報告した。


「……問題は、航空、海上、陸上の部隊が連携していることです。他のエリアのフチン軍とは違っているようです。陸上部隊を叩こうとすると航空勢力が、対空ミサイルを使うとすぐに陸上部隊がやってくる」


 カールの報告を真剣に耳を傾けていたドミトリーが口を開く。


「カール、君に策はないか? 何としてもエアルポリス市民を救出しなければならない」


「期待いただけるのは嬉しいのですが……」


 カールの顔に困惑が浮かんだ。


「東部戦線での活躍は聞いている。君の策で敵が撤退し、基地に被害がなかった。まもなく、20機の戦闘機も手に入る。それを加えて、エアルポリスを解放できないものだろうか? 解放が無理なら、脱出ルートを切り開く、いや、水や食料品を届けるだけでも構わない」


「陸から行っても、海から行っても、攻撃用ドローンはすべて撃ち落とされた。戦闘機を投入しても同じだろう。防空システムが強力すぎる。それで困っているのだ。私からも頼む。何でもいい。アイディアはないか?」


 そう言ったのは、デニス防衛大臣だった。


「自分は現地を見てきたのです。アイディアがあるのならとっくに……。困りました……」


 カールの視線が地図上で止まった。


 ――チーン……、オーブン・レンジが鳴り、調理係がアルミホイルに乗せたピザを取り出す。それを分けて配るのを、アテナは手伝った。


「カール、これを食べて。美味しいものを食べたら、良いアイディアが出るかも」


「だといいが……」


「みんなにも尋ねてみたら」


「みんな?」


「ミハイルとか、クリスとか……」


「そう言うアテナはどうだ? ジャンヌダルクだろう」


「それは大統領が勝手に……」


 アテナはピザを頰張るドミトリーに眼をやった。「あ……」銀色のアルミホイルに眼が止まり、アイディアが閃いた。


「どうした?」


「それを使ったらどうでしょう?」


 カールが手にしたピザを指す。


「ピザで敵を倒すのか?」


 ピザを持ち上げたカールが、首をひねった。


「ピザじゃなくてアルミ箔です」


「話してくれ」


 アテナを見るドミトリーの瞳が輝いていた。いたずら小僧の顔になっていた。


「チャフというのでしたっけ? 電子的な誘導ミサイルから逃げるのに、沢山のアルミ箔をばらまくのですよね。それを利用して、敵の防空ミサイルを全部、使わせてしまうのです。そうしたらユウケイ軍の戦闘機が飛び易くなりますよね。戦闘ヘリだって飛べるし、地上の敵を道路から排除することもできると思うんです。素人考えですが」


 アテナは一気に話した。


「空からアルミ箔をばらまいたところで、敵のレーダーが一時混乱するだけでミサイルは撃ってこないぞ」


 カールが渋い声で言った。


「ばらまくのではなく、飛ばすのです」


「アルミ箔を飛ばす?」


 その場の誰もが首を傾げた。


  アテナのアイディアが採用され、準備が整うのに丸一日を要した。その間に、ベイランドを飛び立った戦闘機がユウケイ国内の小さな民間空港に着いた。


「武運を祈る」


 ドミトリーに見送られ、食料とドローンを積んだ特殊作戦部隊のトラック30台がセントバーグを出発した。急遽集めたために、迷彩柄の軍用トラック以外に赤や黄色、青やシルバーの派手なトラックが混じった車列だった。あまりにも目立つ車体には、緑色の偽装ネットが掛けられている。


 急造された特殊作戦部隊の指揮官には、カールが任命されていた。怪我人のアテナは、運転も満足な荷物運びも出来ないが、彼のトラックの荷台に座っていた。目の前にあるのは民生用の小型ドローンが20機とそのオペレーターのオレクサンドルだった。オレンジ色のダウンジャケットとGパン姿で、支給された防弾チョッキの上に腰を下ろしている。


「ジャンヌダルクと一緒だなんて、うれしいなぁ」


 工学部の大学生だというオペレーターはとても無邪気だった。


「ジャンヌダルクなんて呼ばないでちょうだい。アテナよ」


「いいじゃないか、ジャンヌ。素敵な愛称だと思うよ」


 彼からは、戦争をしているという深刻さが感じられなかった。


「エアルポリスに行くのよ。フチン軍が制圧している……。怖くないの?」


「そりゃ、怖いよ……」


 彼は一瞬、表情を強ばらせたが、すぐに笑顔に戻った。


「……でも、それで逃げたら、僕の居所は生涯なくなるような気がするんだよ。それは死ぬよりいやだと思ったんだ」


 彼の本音と覚悟を聞いて少しほっとした。


「そうね。ドローンの操縦は慣れているの?」


「使い方を覚えたのは戦争になってからだよ。でも、プログラムで敵をたたくのはバーチャルでもリアルでも同じなんだ。それに飛ぶのもゲームで慣れているから安心して」


「戦争もゲームだったらよかったわね」


「そうだよね。ゲームなら、ここにあるドローンは壊れなくて済むのに……」


 オレクサンドルが憐れむように並んだドローンに視線を向けた。


 車列は、ほぼ半日、ドライバーを交代しながら昼夜を徹して走った。途中の分岐で二手に分かれると、再び半日走った。


 エアルポリスを包囲する敵の大部隊の北方10キロほどのところに迫ったのは、まだ空も暗い午前4時前だった。道路を挟む森林はシンと静まり、3月の空気は氷の壁のように冷えていた。


 トラックは分散し、車体を隠せる木々の陰に停車した。


『ドローンの準備を開始しろ。ドローンを積んでいないドライバーも並べるのを手伝ってくれ』


 カールの号令で200機のドローンが降ろされた。アテナもそれを降ろすのを手伝った。それぞれに長さ5メートルを超えるアルミ箔製のテープが尻尾のように装着されている。


「飛び上がる時に尻尾が絡まらないように、まっすぐ伸ばして並べてよ」


 オレクサンドルがドローンを並べるドライバーたちに指示する。


 道路に10列、100メートルほども並んだアルミ箔の銀色のラインは壮観だった。


『ヨシ、定刻だ。オペレーター、ドローンを上げてくれ』


 インカムにカールの声がする。4人のオペレーターがパソコンの起動ボタンを押した。午前4時30分、アルミホイルで作った尻尾をたなびかせたドローンが舞い上がる。それが森林を越えると銀色の尻尾がダイヤモンドダストのように輝いた。海底からクラゲの大軍を見上げているようだった。


 更に高度を上げたドローンは複雑に動いて50機が一塊の編隊を組んだ。


「ヨッシ! 編隊も順調だ」


 オレクサンドルが拳を作った。


 ドローンとドローンの間隔は攻撃を受けた際の影響を考えて10メートルある。地上から見上げるアテナには、それがどんな形を作っているのかわからなかった。


 ドローンは更に高度を上げていく。そうして初めて、編隊が三角形だとわかった。SF映画でみた巨大な宇宙戦艦のようだ。


「壮観ねぇ」


 アテナは思わず唇を震わせた。4つの三角形は徐々に遠のき、高度やルートを変えて飛んでいるようだった。


 オレクサンドルはモニターをにらんでいた。映っているのは薄暗い森の景色と黄色の小さな文字。森はドローンから送られてくる映像で、文字は彼が管轄する編隊のスピードと高度などの数値だった。彼が特段の操作をしているようすはない。


「プログラムで飛んでいるの?」


「うん。GPSでエアルポリスに向かっている。自立飛行だよ」


 アテナは空を見上げた。


 巨大な三角形が、見る見るうちに小さくなっていく。すでに二つの三角形は視界から消えていた。そしてひとつが羽虫の群れのようにぼやけて消え、最後のひとつが木の枝の向こう側に隠れていった。


「もう敵のレーダーには捕まっただろうね」


「そうなの?」


「高度200メートルを超えたからね」


 彼が指したモニターの数字は〝234〟


「僕のドローンたちは上昇角45度で500メートルまで上昇する設定だよ。そこからエアルポリスまで水平飛行」


「戦闘が終わったら戻って来る?」


「能力的には戻ってこられるけれど戻さない。そんなことをしたら、こっちの場所を知られてしまうからね。それに、ドローンは敵のミサイルを撃ち尽くさせるためのおとりだ。エアルポリス上空で、バッテリーが尽きるまで浮かんでいるようにしてある」


「囮か……」


〝生贄〟という言葉が脳裏を過る。それは、第三次世界大戦を、あるいは核戦争を回避するために世界中から見守られているユウケイ民主国そのものだ。


「途中で別れた部隊と合わせたら総数400の機影だよ。今頃、フチン軍は慌てているだろうね」


 彼がドローンに同情するような悲しげな笑みを浮かべた。


「ドローンの大軍がレーダーに映るのは確実だ。問題は、フチン軍がミサイルを使うかどうかだ……」


 カールが慎重なもの言いをした。もし、レーダーの機影が囮だと発覚して迎撃ミサイルが発射されなかったら、部隊はこの場から引き返すことになる。


「そうだね。輸入した戦闘ドローンだって巡航速度は時速130キロある。それに比べたら時速40キロのドローンなんて、冷静に考えれば戦闘機はもちろん、輸送ヘリと誤認する可能性だって低い。兵器ではないと考えるのが自然だよ」


 オレクサンドルは学者のように説明したが、それに対するカールの説明には経験者の深みがある。


「しかし、戦場にいる者の神経は普通じゃない。動く物はみんな敵に見えるものだ。400もの物体が近づいてくるとなったら、冷静ではいられるはずがない。冷静な者がいたとして、レーダーに映る全長5メートルの物体が、玩具のドローンとは考えない」


「食いついてくれるかな」


「たとえ玩具のようなドローンだとわかっても、そのサイズ感から危険なものをぶら下げていると推測するだろう」


「孤立した市内に食料を運んでいると考えない?」


「それだって同じだ。フチンの作戦はエアルポリス市民を日干しにすることだ。ドローンが運んでいる物が食料だろうが武器だろうが、市内には入れたくないだろう」


 2人の会話を聞きながら、アテナは空に目をやった。灰色の空は石板のように無表情だった。

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