第61話 元凶を誘き寄せよう

 旦那が美梅みうめを連れて行ったのは、使用人用の宿舎だった。

 何が起こっていたのかを早く聞きたい一同だったが、憔悴した様子の美梅を見て旦那は「まずは彼女を休ませよう」と提案した。

 そこで紫乃と大鈴だいりんが二人がかりで美梅の湯浴みを手伝い、泥と汗とを落としてこざっぱりさせたあと、替えの着物に着替えさせる。大鈴はともかく、紫乃と美梅が直接顔を合わせたのは、夕餉ゆうげくりやで紫乃が働く事になった初日に顔を合わせて以来だ。あの喧嘩腰の状態はお世辞にも仲が良いとは言えないのに、美梅は紫乃にされるがままだった。

 花見曰く、「妖気に当てられてちょっと錯乱している」との事だったので抗う気力がないのだろう。

 それでも湯浴み後は気分が少しは変わったのか、「白湯が飲みたいから厨に連れて行ってくれないかい」と自ら言い出し、大鈴と紫乃に付き添われつつ御膳所の厨へと行く。

 皇帝不在のために人気ひとけのない御膳所。夕餉の厨を覗くと、賢孝けんこうと花見と旦那、そして昨日巻き込まれて今日も事態を気に病んでいた伴代ばんだいが待っていた。


「美梅。体はどうだ」

「ありがとう旦那。大分良いよ」

「だが、まだ顔色が悪い。無理はするな」

「あぁ。悪いけど白湯をもらえるかい」

「わかった、すぐに準備する」


 美梅を見るなり駆け寄った旦那は沸かしてあった湯で白湯を準備する。美梅は小上がりに座る賢孝に気がつくと、ふらつきながらも立礼をした。


「賢孝様、この度の一件、誠に申し訳ございません」

「話次第では、投獄の沙汰が出てもおかしくない」

「……はい。重々わかっております」


 賢孝の初手から高圧的な態度と美梅の殊勝な返事を聞き、大鈴が口を挟んだ。


「賢孝様。美梅は巻き込まれただけかも知れません。妖怪が関わっているならば、どうしようもない事かと」

「だから話次第ではと言っている。座れ」


 言って賢孝が小上がりに座るよう薦めると、美梅は大人しくそれに従った。

 旦那が淹れた白湯を美梅が啜り落ち着くのを待つと、賢孝は盆にこんもりと載せられた紙包みを美梅の前へと差し出す。そして本題を切り出した。


「この包み、誰から貰った?」

雨綾うりょうを歩いている時に、見知らぬ老婆に渡されました」

「雨綾のどのあたりだ」

「どこか、は、はっきりと覚えておらず……その老婆も顔に布を巻き付けていたから確認できませんでした。声が嗄れていた事と、差し出された手が皺々しわしわだったので恐らく老人である事、それから背が低い事くらいしか……」


 尻すぼみになる美梅の話を聞き、賢孝は美しい顔を歪めて難しい顔を作った。


「ほとんど手がかりはないな。猫又妖怪。お前は雨綾うりょうの町中に潜む妖怪を見つけられるか」

「広すぎるからちょっと無理」

「八方塞がりではないか」


 賢孝の言葉に一同は沈黙した。美梅がただの手足に使われていた事など、この場にいる全員が百も承知だ。原因となる飴を渡した人物を捕まえなければ意味がない。そしてそれが出来なければ、第二第三の美梅のような被害者が出るし、今度は本当にこの飴を口にした人物が宮中にて無体を振る舞う可能性だって大いに存在する。

 申し訳ありません、と小さく謝罪を口にする美梅に賢孝の興味はすでに削がれているようだった。


「問題は、どうやって犯人を捕まえるかという点だ」


 賢孝の呟きに、紫乃はある考えを思いついた。


「花見、その飴から感じる妖気ってどんな妖怪のものかわかる?」

「これはねー、狐だにゃ。妖狐ようこ

「妖狐か……妖狐の好きな食べ物ってなんだろう」

「油揚げ。昔、取り合ったことがある」


 なるほど油揚げ。

 とすればアレかな、と紫乃は頭の中で油揚げを使った料理を思い浮かべる。

 そして柳眉を寄せて険しい顔をし続ける賢孝に、一言。


「賢孝様。私に犯人を誘き出す策があります」

「ほう、申してみよ」


 興味を持った賢孝に言われ、紫乃は口を開いた。

 話を聞いた賢孝は初めこそ目を丸くしたが、納得し、最後には乗り気になってくれた。


「成る程。突飛ではあるが、面白い。やってみようではないか」

「ありがとうございます」


 頭を下げる紫乃に構わず賢孝は立ち上がり、命じる。


「必要なものは手配する。全ての責任は私が取ろう。その代わり、決してしくじるな。陛下がお戻りになる前に……今日一日で決着をつける」

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