第2話 朝餉の時間だ
日の出と共に起きると、まず身支度を整える。とは言っても、夜着から着替え、髪を括るだけだ。紫乃の髪は胸元まであるので、邪魔にならないよう後ろで縛る。先に助けた男同様の黒髪だが、そこまでの艶はない。瞳の色は紫色。これはどちらも母と異なる色合いで、紫乃としては母の燃えるような赤髪と緑色の目が好きなのだが、残念ながらどちらも受け継がれなかった。受け継いだのは雪のように白い肌の色、それに性格。
川辺に水を汲みに行き、それから小屋の外の畑の世話をする。
それでも花見が一緒に住むようになってからは、幾分マシになった。花見は狩ができるので魚も肉も獲って来てくれるし、共に山を降りて街へと行き、野菜を売って他の品を買う時もあった。
それにーー
「今日は
「ありがとう」
「あとはいつもの、
「うん」
捕らえた鮎を首にぶら下げた籠に入れて帰ってきた花見に礼を言うと、収穫した野菜と共に小屋へと戻る。
「さて」
紫乃は気合を入れた。
ーー
紫乃は母から料理の全てを教わった。野菜の刻み方、干し肉の作り方、魚の下処理や
丹精込めた料理を味わう時間は格別で、紫乃にとって料理とは己の全てと言っても過言ではない。
まずは、米を炊く。
米を炊いている間が勝負の時間だ。花見が獲って来た
鮎をそっと掴むと、腹から肛門に向かってぎゅぎゅっと側面を親指で擦る。すると内部に溜まっていた糞が出てくるので、これが出なくなるまで繰り返す。それから丁寧に鱗を包丁で取り除くと、流水でぬめりを落とした。
口から串を入れ、鮎の身をくねらせるようにして尾まで串を
それを十五匹分作ると、あとは塩を振るのみだ。
もう一つ花見が持ってきた、
紙に包まれたそれをひとつとり、そっと開ける。桜色の塩、抹茶色の塩など様々あるが、今日使うのはごく普通の塩。つまんで鮎の表面に多めに振る。
「花見、よろしく」
「にゃあ」
下準備出来た鮎を花見に渡すと、肉球のついた手で器用に受け取り、二足歩行して
次は野菜だ。
鍋に湯を沸かし、鰹節と昆布で出汁を取る。さっと上げてから、鰹節はそのまま、昆布は刻んで別の鍋にあけ、醤油と砂糖で煮つけた。
山菜と茸、昨日のうちに湯掻いてあった
汁物は豆腐と山菜の味噌汁。
それから母直伝の、大根の漬物も添える。
紫乃は夜はあっさり、朝にたっぷりと食事をする。
そうする事で一日のエネルギーを補給しているのだ。
一日二食。朝は豪華に一汁三菜、夜は質素に一汁一菜。
その生活を続けて、十六年。
母が亡くなり、花見と二人で過ごすようになってからは三年。暮らしに文句は何もない。
「紫乃、焼けたにゃあ」
「ありがとう」
さて、と紫乃は部屋の隅に横たわる、図体のデカイ男を見る。
「いてっ」
「……
蹴られた男は眼を擦りながら身を起こすと、まだ寝たりなさそうな顔で仁王立ちする紫乃を見上げた。
「お前、この俺を足蹴にするとはいい度胸だな」
「ふん」
しゃもじを持った紫乃は応じず、囲炉裏のそばへと向かった。
「雨神様の加護にて育ったこの土地の食物を頂ける事に感謝を」
両の手を合わせて食物への感謝の気持ちを捧げ、食事に手をつける。花見にはそんな習慣はなかったのだが、毎食紫乃が祈りを捧げるのを見て、今では祈りが終わるまで食事に手をつけるのを待っていてくれている。
男は祈りを終えると早速
「あぁ、これは美味いな。出汁が効いている」
「当然だ」
母直伝の料理である。不味いと言ったらぶっ飛ばしているところだ。という言葉は、野菜汁と共に腹の中へと仕舞い込んだ。母に料理を教わった事を誰にも知られてはならない。これも母の遺言の一つだ。
炊き立ての米を男は遠慮せずにかき込む。
「あぁ、この米はうまいな! 炊き立ては久しぶりだ。これならばいくらでも食える。うむ、やはり米は炊き立てに限るな」
「…………」
「お、魚も美味い!」
美味い美味いしか言わない男は、食べるもの全てが新鮮だと言わんばかりであった。紫乃は目を細めて男の所作を観察する。
豪快に食べているようで、優雅さと繊細さを兼ね備えた動き。
炊き立てが久しぶりという点。
温かな飯を食べられないとは一体どういう事なのか。
「飯と野菜汁、おかわりだ」
「紫乃、ワテにもおかわり」
「はいはい」
しかし美味いと言われると悪い気はしないのが、紫乃の悪い癖である。
丹精込めて作った料理を褒められて嬉しくない人間などおるまい。そうして花見も気づけばここに居着くようになってしまったのだし、気づけば男にまたもや六杯もの野菜汁のおかわりをよそってやっていた。
駄目だ。流されては思う壺だ。
紫乃は頭をぶんぶん振り、雑念をはらうべく自分も
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