第80話:破魔の矢2

 魔装具のベースが完成した翌日。しっかり休んで魔力を回復させた私は、破魔の矢を完成させるべく、神聖錬金術で付与作業を行なっていた。


 さすがに二回目となれば、コツをつかんですぐに終わる……と言いたいところだったのだが。


「ちょ、ちょっと中断します。予想よりも遥かにしんどいです」


 ゼエ、ゼエ、と肩で息をするくらいには、神聖錬金術を使ってもうまく付与できない。


 まるで暴れ馬を手懐けようとしているみたいで、苦戦を強いられていた。


 思わず、疲れ果てて腰を下ろしていると、リオンくんがお茶を持ってきてくれる。


「かなり厳しそうですね。もしかしたら、ベースの付与作業が荒いのかもしれません」

「そうですか……。丁寧にやったつもりだったのになー」

「相性の問題もありますし、魔力同士が干渉して悪さを起こしている場合もあります。付与作業においては、よくあることですよ。魔装具ほどのアイテムだと、その影響が顕著に出てくるんだと思います」


 リオンくんの言い分は納得できる。破魔の矢のベースとなるものをよーく見てみると、綺麗な付与は言えないわけであって――。


「ヴァネッサさんの付与と比較すると、確かに魔力の付与が荒いです」

「仮にもヴァネッサ様はAランク錬金術師でしたからね。三日三晩かけて作り上げたものと比較したら、さすがに大きな差が生まれますよ」

「あんなに緻密な魔力操作をしていたら、リオン君と手分けしてやっても、二週間はかかります。今回は神聖錬金術で行なう作業を分割にして、少しずつ完成を目指した方が良さそうですね」


 はぁ~、と大きなため息を吐いた私は、魔装具作りの難しさを痛感する。


 クレイン様とリオンくんに補佐してもらわなかったら、もっと厳しい状況に陥っていただろう。自分だけの力で作る日は、まだまだ先のことになりそうだ。


 なんといっても、神聖錬金術を使い続けると、肉体的にも精神的にも大きく疲労が蓄積する。短期間のうちに魔力を大量に消費することで、体内のエネルギーが枯渇して――。


「お茶菓子が欲しいですね……」


 無性に甘いものが食べたくなってしまう。


 オババ様の甘いもの好きは、神聖錬金術でエネルギーを消費しすぎた影響なのかもしれない。和菓子ばかり食べるのは、完全に好みの問題だと思うけど。


 そういえば、この前の差し入れで持っていった栗饅頭、おいしそうだったなー。よしっ、今日は仕事帰りに栗饅頭を買って帰ろう。


 そんなことを考えるだけでやる気が出てくるのだから、私は自分が単純な生き物だと悟った。


***


 神聖錬金術ばかり使う日々が過ぎ去っていくこと、四日。ついに待ち望んだ展開が訪れる。


 何日かに分けて分割した付与作業を繋げていくと、一気に魔力が循環して、強力なエネルギーを生み始めた。そして、破邪のネックレスのように異質なオーラを解き放つ。


「うおおおお! できたーーー!」

「うおおおお! できたーーー!」


 金色にも銀色にも輝く魔装具、破魔の矢がようやく完成した。


 これには、さすがにリオンくんとシンクロして喜ぶしかない。


「魔法効果を受け付けないオーラがありますね」

「魔法効果を受け付けないオーラがありますよ」


 ほらっ、言いたいことが被った。きっと感性が似ているんだろう。


 こういう時にクレイン様がいたら笑われてしまうが、今日は工房に姿を見せていない。魔装具の素材の下処理を終えた後から、留守にすることが多くなっていた。


 クレイン様の力もあって完成したものだし、早く一緒に喜びを分かち合いたい。何より、これで長く続いた調査依頼を終わらせることができるのだ。


「これであの魔法陣を射抜けば、王都に本当の平和が訪れて……ん? あの魔法陣を、射抜けば……?」


 猛烈な違和感に襲われた私は、言葉に詰まってしまう。


 破魔の矢を作れば、古代錬金術を壊せるものだと思い込んでいた。しかし、普通に矢を使おうとしたら、必然的に弓も必要なわけであって……。


「もしかして、弓も必要になります?」

「あっ……気づいてしまわれましたか。破魔の矢を使おうと思えば、強靭な矢の力に負けない弓は必須ですね」

「ええええっ! せっかくできたと思ったのに……」


 さすがにこれ以上の神聖錬金術はツライし、また最初からやらなくてはいけないと思うと……あああっ! プリンが食べたい!


 すっかり甘いものに心が奪われた私がうな垂れていると、工房の扉を開けて、クレイン様がやってくる。


 何やら大きな荷物を持っているが、これは……!


「もしかして、弓ですか!?」

「ああ。ミーアが破魔の矢で手一杯になること考慮して、弓はこっちで作っておいた。一度や二度であれば、破魔の矢の力にも耐えてくれるだろう」


 そう言って見せてくれたのは、木材で作られた大弓だ。しっかりと磨き上げられていて、高濃度の魔力が込められているほど、立派なものだった。


「い、いつの間に……」

「ミーアばかりが活躍していたら、宮廷錬金術師の座を奪われかねない。最低限の範囲で仕事をしていただけだ」


 そう言ったクレイン様の目元には、大きなクマができている。


 破魔の矢ばかりに目がいっていた私とは違い、しっかり周りを見てフォローしてくれているんだなーと実感した。


 ここぞという時に頼りになるという面では、やっぱりクレイン様は立派な師匠なんだなーと、私は改めて思うのであった。

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