第九章
第50話:力の腕輪の試作会
翌日、試作会の招待状を握り締めた私は、クレイン様と共に騎士団の訓練場にやってきた。
「小さい頃に見学に来た時以来だなー」
父が騎士を引退して、教官に代わる頃、家族で訓練場を訪れたことがある。
当時の私は幼すぎて、武器を持った騎士の迫力に圧倒され、怯えてばかりだった。厳しく指導する父の姿は誰が見ても怖いほどで、かなり緊迫した空気に包まれていたことをよく覚えている。
あの頃と同じように目を光らせて巡回する父の姿は、今も昔も変わらないかもしれない。
「お前に甲冑はまだ早い。まずは訓練に耐えられるだけの体力をつけてこい」
「は、はい……」
唯一違うことがあるとすれば、昔はもっと大声を張り上げて、騎士全体の訓練を統率していた記憶がある。でも、今は年を重ねて温厚になったのか、気になる人に一人ずつ声をかけているようだった。
改めて父の姿を見てみると……。やっぱり鬼教官と呼ばれているだけあって、訓練中の顔つきは一段と怖い。
妙に騎士たちが気を引き締めて訓練しているので、優しくなったわけではないと察した。
そんな光景をクレイン様と一緒に眺めていると、私の錬金術大好きセンサーがビビビッ! と反応する。
「あっ! 見てください、クレイン様。向こうに力の腕輪を付けた騎士たちが何人かいらっしゃいます」
試作会ということもあり、力の腕輪を装着した小柄の騎士と、ひときわ体格の良い騎士が剣を交わしている。
魔装具の紛い物と言われているものの、その力は十分だとわかるほど、体格差を感じさせない打ち合いをしていた。
錬金術すごい……! と思う私は目を輝かせるが、クレイン様の目は死んでいる。
「遠足ではないんだ、あまり騒がないでくれ」
「何を言っているんですか。こんなところで子供扱いしないでください。こんな機会は滅多にないんですよ」
「ミーアは知らないと思うが、こういうものは意外にトラブルが起きやすい。なかなか気乗りしないイベントだぞ」
「曲がったことが大嫌いな父もいますから、問題が起きても対処してくれます。それよりも、他の錬金術師の作品を見学しましょう。良い息抜きになるはずですよ」
「気持ちはわからないでもない。ただ、この作品はだな……」
珍しく口をモゴモゴさせるクレイン様に疑問を抱いていると、先日オババ様の店にいた男の子が、ものすごい勢いで近づいてくる。
「く、クレイン様!?」
あれ? 知り合いでしたか? と思っているのも束の間、見つかってしまった……と言わんばかりに、クレイン様は額を手で押さえていた。
「やはり力の腕輪を制作したのは、リオンだったか」
「は、はい。魔装具を完成させることが、僕の夢なので」
リオンと呼ばれた男の子は、目を輝かせてクレイン様を見つめている。
その熱い眼差しは、若くして宮廷錬金術師になったクレイン様を尊敬しているような雰囲気があった。
「パッと見た限りでは、まだまだ魔装具と言えない。だが、騎士団に採用されるところまで仕上がっているなら、順調みたいだな」
「あ、ありがとうございます……!」
クレイン様の言葉を聞き、ものすごい勢いで感謝の一礼を決めたリオンくんはとても嬉しそうだった。
目に見えない尻尾をブンブンと振り、また子犬化しているように見える。
しかし、その光景を見た私は、複雑な感情が芽生え始めていた。
どうして私よりも師弟関係っぽいのだろう、と。
本来なら、私とクレイン様がこういう感じにならなければならない。でも、現実には対等の関係みたいな印象があり、師弟関係とは程遠かった。
これには、ご意見番という役目が悪影響を与えているだろう。師匠が作ったものを弟子が確認するなんて、普通の師弟関係ではありえないことだ。
そもそも、見習い錬金術師がご意見番ということ自体がおかしいのだが……。不満を抱いても仕方がない。
初対面の方がいらっしゃるので、不貞腐れることなく、貴族スマイルを作ろう。
「紹介が遅れたが、助手のミーアだ。見習い錬金術師として活動している」
「はじめまして。クレイン様の下で働いているミーア・ホープリルと申します」
近くで父が目を光らせていることもあり、貴族令嬢らしく一礼すると、リオンくんは動揺した。
王城に勤務しているとはいえ、こういう対応には慣れていないらしい。同年代の貴族だと面識があるはずだから、きっと平民の方なんだろう。
「こいつは別の宮廷錬金術師の助手をやっているリオンだ。錬金術歴は、見た目以上に長い方だな」
「はじめまして。僕はリオンと言います。一応、付与を専門にやってます。本当に、一応……」
貴族を相手にするのは気が引けるのか、自分に自信がないのかわからない。ただ、妙に恥ずかしそうにしていた。
もしかしたら、人見知りなのかもしれない。オババ様とクレイン様には見えない尻尾をブンブンと振っていたのに、私に対しては尻尾が垂れ下がっている気がする。
様子をうかがっているのかなーと思っていると、リオンくんの背後から威圧的な男性がやってきた。
青みがかった髪を後ろで結び、四十歳は過ぎているような大人の風格を放つ、髭を生やした渋い男性。高い身長から見下ろしてくることもあり、関わりにくい印象を抱く。
年を重ねて丸くなった父とは、正反対のような存在だった。
「そんなんだからお前は舐められるんだ」
「ぜ、ゼグルス様……」
見えない尻尾がシュンッとなるリオンくんを見て、私は悟った。
彼はこの方の助手をしているんだろう、と。
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