第40話:それぞれの関係
パーティ会場から抜け出し、王城の裏庭にやってくると、まさかの元婚約者ジール様と再会した。
絶対に会いたくなかったため、思わず全力で拒否する言葉「うげっ!」と奇声を上げてしまい、とても空気が重い。
プライドの高いジール様が逆上するのは、明らか……だったはずなのだが。
「随分と嫌われたものだな。まあ、仕方ないか」
今日のジール様は、いつも雰囲気が違った。
物腰が柔らかくなったというより、落ち込んでいるように見える。もはや、生気が感じられず、頬が痩せ細っていた。
「ちょうど話ができたらいいなと思っていたんだ」
「い、今さら何の用ですか? 婚約破棄は成立したはずですけど」
「警戒しないでくれ……と言っても、無理な話か。今日がミーアに謝る
謝る……? ジール様が、私に?
えっ、何を言っているんだろうか。今まで頑なに非を認めなかったのに。
「熱、あります?」
「そういう冗談も言えるような人間だったんだな」
「心の底から思っている言葉ですけど」
こちら側からしたら、謝るなんて冗談をよく言えたものだ、と思っている。婚約している間、感謝の言葉も謝罪の言葉も一言たりとも聞いたことがない。
それなのに、目の前では信じられない光景が映し出されていた。プライドの高いジール様が、私に頭を下げているのだ。
「今まで自由勝手にやってきて、本当にすまなかった。ミーアの大切な時間は壊してしまった」
急に豹変して謝られても、普通に怖い。何か裏の意図があるのではないかと、詮索してしまう。
でも、彼が自分のプライドを捨てて、そんな行動を取るとは思えなかった。
「私とジール様の関係は、もう終わりました。今までのことは、何も気にしていません」
「いや、俺が気にする。
「お断りします。正式に婚約破棄は成立しましたので」
厳しいかもしれないが、ジール様が改心したとしても、とにかく関係を持ちたくない。償ってほしい気持ちよりも、関わりたくない気持ちの方が強かった。
「しかし、それでは――」
「その代わり、どういう心境の変化があったのか、教えてください。急にこんなことを言われても、逆に怖いです」
妙に物分かりのいいジール様は、ポケットから見慣れたものを取り出し、私に差し出してきた。
「俺が本気を出して作り、ようやく完成したポーションだ。ミーアには、見せておこうと思ってな」
ジール様から受け取り、軽く査定してみると……私はすべてを悟った気がした。
「品質は見ての通り、ろくでもないものだ。何度も挑戦し続けたのに、売り物にすらならない。粗悪品しかできなかったよ」
王都が薬草不足である時期に、何度も挑戦し続けるのは、薬草を買い込まない限り不可能だろう。今日が謝る最後のチャンスと言っていたのも、大きな責任を取ることになったのかもしれない。
少なくとも、錬金術ギルドは除名処分。魔法学園や騎士団に悪影響を与えた以上、貴族の地位は下げられるか、それとも失うのか……。
「騎士団との契約もうまくいかなくて、ポーションを納品できなかった。それをミーアにフォローされてしまったら、さすがにバカでも気づくよ。天才だったのは俺じゃない、ミーアだったってな」
「私は錬金術が好きなだけで、天才ではないかと」
「宮廷錬金術師の助手に抜擢され、これだけ活躍しておいて、何を言ってるんだよ。威張っていた俺が惨めすぎるだろ」
そんなことを言われても困るが……どうして私がポーションを作ったと知っているんだろう。
よく考えれば、ブルース伯爵もウルフウッド公爵もそうだ。珍しく貴族男性たちにも声をかけられたし、情報が漏れすぎている気がする。
「以前、見習い錬金術師になったとお伝えしましたが、どうしてポーションを作ったことまで知っているんですか?」
「恨むなら、クレインを恨むんだな」
「クレイン様を、ですか?」
「奴が手柄を拒否した影響で、ミーアの名前が広がったんだ。助手の功績を奪うことはできない、その言葉で王城がどよめいたと聞いている」
ジール様の言葉に納得してしまうのは、ヴァネッサさんにも似たようなことを言っていたからだ。
真面目なクレイン様らしいと思う反面、そこは素直に受け取るべきだと思う気持ちもある。
ん? 王城が、どよめいた……?
く、クレイン様? なんか恐ろしい場所で情報を公開していませんか? まさかとは思いますけど、国王様に謁見している最中ではありませんよね?
聞くのが怖いので、聞かなかったことにしますけど。
「私としては、自分だけが手柄をあげるのは、複雑な気持ちですね。クレイン様との共同制作した認識なんですが」
「俺は素直にカッコイイと思ったよ。貴族や宮廷錬金術師という立場にあぐらをかかず、助手に敬意を払っていることが伝わってきた。ミーアがあの男を選んだのも、理解した気がする」
クレイン様が良くしてくださっているのは間違いない。
錬金術を教えてもらう時は上の立場になり、御意見番の仕事の時は対等な関係に見てくれる。
精神的に追い詰められた時には気遣ってくださるし、仕事に対する姿勢も真面目で、価値観が一致している部分はあるが……。
変な誤解をされている気がする。私とクレイン様は恋愛関係ではない。ただの師弟関係だ。
ジール様には誤解してもらっていた方が都合は良さそうなので、あえて否定はしないが。
「最後に一つだけ聞かせてくれないか?」
「どうされましたか?」
「もし、俺がもう一度婚約してくれと言ったら、ミーアはどうする?」
「……丁重にお断りすると思います」
「だろうな」
「なんですか、それ。今のは意味のある質問だったんですか?」
「戒めみたいなものだ。俺は本当に馬鹿だったんだなーってな。最後にそれが聞けただけでも、本当によかったよ。ありがとう」
どこか晴れやかな表情を浮かべたジール様は、そう言って立ち去っていった。
本当にこれが最後なのかもしれないと思うのは、騎士が監視するように尾行している姿を見た時だ。
本来なら、共に貴族として生きる限り、必ずどこかで会う機会はある。でも、彼が最後と言い切るのであれば、きっと貴族の地位が剥奪されるわけであって――。
「あいつも変わったな」
「うわあっ! 驚かさないでくださいよ、クレイン様」
ちょっぴり感傷に浸っていると、急にクレイン様に声をかけられてしまった。
誤解されそうな話もあっただけに、変に心臓がドキドキしてしまう。
「すまない。ちょっと気になってな」
「いつから聞いていたんですか?」
「偶然通りかかっただけで、ほとんど何も聞いていない。名前を呼ばれたような気がして、こっちに足を向けただけだ」
「ああー……、そういう感じですね。ジール様が名前を出した影響でしょう。カッコイイって言ってましたよ」
「てっきり八つ当たりでもしているものだと思ったんだが、わからんものだな」
どちらかといえば、私もそういう展開になると思っていた。長年付き添っていた元婚約者の私でもわからないのだから、クレイン様にわかるはずもないだろう。
でも、一つだけ確かなことは、これで本当に私の婚約破棄はきれいサッパリ終わったのである。今後は婚約という呪いに縛られることはなく、好きなことがいっぱいできるのだ。
まずは手始めに、腹ごしらえと行こうか……!
「クレイン様、ちょっと付き合ってもらってもいいですか?」
「どうした?」
「パーティー会場で妙に声をかけられるようになって、食事がまだなんですよ。誰の影響かわかります?」
「間違いなく自業自得。ミーアのせいだな」
「いや、クレイン様ですよ。EXポーションの件、勝手に私だけを製作者として……」
この日、侯爵家のクレイン様を引き連れてパーティー会場に戻ると、それはもう快適な時間を過ごすことができた。
真面目なクレイン様は、貴族界だと気難しい人で通っている。本当はひたむきに錬金術と向き合う青年だということを、ほとんどの人が知らない。
「クレインよ。その者が例の助手か?」
「えっ。こ、こ、国王様……?」
一部の例外な人物を除いては、の話だったが。
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