第24話:錬金術ギルド1

 錬金術ギルドに足を運んだ私は、恐る恐る周囲を見渡し、警戒しながら歩いていた。


 外が暗くなり始めているのに、ギルドは納品する錬金術師で混雑していて、受付で列を作っている。荒くれ者の冒険者たちと違い、誰もが大人しく順番を待っていた。


 こんな場所でジール様に絡まれたら、必要以上に目立ってしまい、大きな問題に発展しかねない。アリスの情報だと荒れているらしいし、ここは慎重に行きたいところ。


 不審者のような印象を抱かれるかもしれないが、周囲をキョロキョロとして、警戒を高めよう。先にジール様の有無を確認して、安全を確保するべきだ。


 周りの錬金術師たちに怪しい目で見られつつも、警戒を続けていると、一人の女性が近づいてきた。


 ゆるふわウェーブの髪を伸ばし、おっとりとした雰囲気を持つ、大人の女性。つかみどころがない性格で、自由をこよなく愛することで有名な、ヴァネッサ・ウェズレイさんだ。


 錬金術ギルドのサブマスターを任せられている元Aランク錬金術師でもあり、可愛らしい三日月型のネックレスをいつも身に付けている。


「あら~。ミーアちゃん、いらっしゃい」

「お邪魔してます、ヴァネッサさん。この時間帯は初めて来たんですけど、随分と忙しそうですね」

「そうなの。ただでさえ忙しいのに、受付の子が急に一人辞めちゃってね。猫の手も借りたいくらいよ」

「ああ、それは大変ですね……」


 どこもかしこも人手不足か。受付で混雑しているのも、それが原因とみて間違いない。


 しかし、ヴァネッサさんが手伝う気配はなかった。のんびりと受付を眺め「忙しそうだわ~」と、他人事のように過ごしている。


 自由……という名のサボりだった。


「そうだ。ミーアちゃんは冒険者ギルドを辞めたのよね? それなら、錬金術ギルドで働けばいいんじゃないかしら。これで人手不足も解消するわ」

「私の気持ちは反映されない感じですか?」

「遠慮しないでいいのよ。お給料、しっかり弾んでおくわ」

「そんな権限がないこと、ちゃんと知っていますからね」

「大丈夫よ。権限はなくても、金庫は漁れるんだもの」

「変な事件に巻き込もうとしないでください。もう別の場所で働いていますし、今日は就職するために訪れたわけではありません。錬金術師の登録に来たんですから」


 クレイン様が書いてくれた推薦状と、自分で作ったポーションを差し出す。


 通常、錬金術ギルドに登録する場合、技術試験を受ける必要があった。しかし、Bランク錬金術師以上の推薦と、本人が作った錬金アイテムがあれば、免除してもらえる。


 だから、ヴァネッサさんがポーションを査定してくれれば、そのまま錬金術師に登録できるのだが……。


 クレイン様の推薦状を見た瞬間、ヴァネッサさんの顔つきが僅かに変わった。


「ふーん、噂は本当だったのね」

「ここまで噂が広がっているんですね……」

「別にいいじゃない。良い噂が広がる分には、損しないんだもの」


 どうやら婚約破棄の噂じゃなくて、宮廷錬金術師の助手になった噂の方みたいだ。ジール様と顔を合わせないかヒヤヒヤしていたから、てっきり前者のことかと思ってしまった。


 錬金術ギルドで広まるのなら、どっちの噂も重荷にしかならないけど。


 変に注目を浴びないといいなーと思っていると、私の作ったポーションをかざしたヴァネッサさんは、目を細める。


 普段はふざけていることが多いが、時折、彼女はこうして真剣な表情を浮かべることがあった。


「やっぱりね……」

「やっぱり?」

「ううん、こっちの話よ。ミーアちゃんが錬金術師を目指すなんて、やっぱりビックリしちゃうなーと思って」


 すぐにコロッと表情が変わるため、見間違いかもしれないが。


「じゃあ、ギルドに登録するから、こっちに来て。サブマスターの私が直々に登録してあげるわ」


 ヴァネッサさんの申し出は、非常にありがたい。錬金術ギルドが混んでいるため、受け付け対応まで済ませてもらえると、大幅に時間が短縮できる。


 しかし、何年も付き合いのある私は、厚意を素直に受け取りたくなかった。


 それほど彼女は、良い意味でも悪い意味でも自由なのだ。


 勝手に契約内容を変更したり、取引相手に割り増しで買わせようとしたり、依頼を押し付けてきたりと、とにかく自由にやりたい放題。


 良い方向に転ぶか悪い方向に転ぶかは、ヴァネッサさんの気分次第で変わってしまう。


 しかも、無茶なことを言っても、不思議とトラブルにならずに話が進んでいくのだから、いろんな意味で怖い。


 よって、私は普通の受付嬢に担当してもらいたかった。


「ヴァネッサさんに対応されるのは、遠慮しておきます」

「あら、どうしてかしら。私はぜ~んぜん変なことなんてするつもりないわよ、うふふふ」


 不敵な笑みを浮かべて言わないでください。信用できません。


「ほら、受付が混雑していますから、並んでいる人を先に対応してあげてください。私を優先したら、反感を買いますよ」

「気にしないで。私が人の意見を聞かないタイプだって、ここでは誰でも知っていることだわ」


 列に並んでいる錬金術師たちが、ウンッと頷いているので、もはやヴァネッサさんに期待していないんだろう。むしろ、遠慮したいとも言えそうな表情をしている。


 一方、受付女性たちは違う。手伝ってくださいよ~、と言いたげな表情で仕事していた。


 また誰か受付の人が辞めないか心配である。


「ミーアちゃんに~、ロックオーン♪」


 よって、獲物認定された私は捕獲され、ズルズルと受付カウンターに引きずられていく。


 この後、何かの問題に巻き込まれないといいなー……、と思いながら。

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