第23話:ミーアとクレイン2

「俺が宮廷錬金術師になれたのは、ミーアのおかげだ。今でも刺激を受け続けているし、本当に感謝している」


 クレイン様にお礼を言われるのは、さすがに恐れ多い気がする。


 確かに、私は不調を改善するきっかけを作ったかもしれない。でも、クレイン様が宮廷錬金術師になれたのは、私の力ではない。クレイン様が錬金術に向き合い、努力した結果だ。


「とんでもないです。私の方こそ、クレイン様がいなければ、見習い錬金術師にもなれませんでした。本当にありがとうございます」


 頭を下げて感謝を伝えると同時に、ふと疑問に思っていたことを思い出した。


「冒険者ギルドから引き抜いてもらう時、借りがある、って言ってましたよね。それって……?」

「このことだな。ミーアのおかげで宮廷錬金術師になれた以上、助手として推薦するのは、当たり前のことだ。ミーアが婚約していなければ、もっと早くに声をかけていたぞ」

「クレイン様の努力が実っただけなので、そんなことを言われるのは恐れ多いですが、ちゃんとした理由があって安心しました。どうしてここまでしてくれたのか、ずっと気になっていたんですよ」


 浮気された悪い噂を消すため、すぐに宮廷錬金術師の助手に誘われるなんて、普通に考えてあり得ない。御意見番として雇われたのも、不調を改善した実績があるとなれば、甘んじて受け入れることができる。


「あまり言うつもりはなかったからな。弱味を見せたくはないし、カッコ悪い話だ」

「そうですか? 人間味があっていいと思いますよ」

「一時的とはいえ、錬金術師ギルドでAランクからDランクまで落とされたんだぞ。すべてに見放されたような気分で、周りの視線も厳しいものだった」

「でも、今はランクも落ち着いたんですよね?」

「宮廷錬金術師になった時、トラブルにならないようにと、Sランクまで上げてもらっている」

「じゃあ、いいじゃないですか。私もカッコ悪い部分を見せていますし、過去を気にしていても仕方ありません。これからは、カッコ悪い者同士で仲良くやっていきましょう」


 寿退社する前日に婚約者の浮気現場を見て、婚約破棄を決める女と比較したら、すべてがマシに見えますよ。


 確かにな、とどこか納得した様子を見せたクレイン様は、私に魔鉱石を手渡した。


「少し焦りすぎてしまったが、ミーアには錬金術の才能がある。一歩ずつ前に進むためにも、まずは魔法陣の上で形成スキルの練習だな」

「才能があるかどうかは別にして、まだ感覚をつかめていないので、私もそれを優先できるとありがたいですね」


 結局のところ、基礎的な技術を学び、成長していくしか方法はない。クレイン様と違って、私はまだまだ錬金術の初歩でつまずいているのだ。


「それと、もう一つ。今日の仕事帰りに錬金術ギルドへ寄って、登録だけは済ませておけ」

「えっ。私はまだ見習い錬金術師ですよ? 早くありませんか?」

「見習いでも構わない。ある程度の問題なら俺でもフォローしてやれるが、悪魔の領域は手に負えそうにない。無所属で変な揉め事に巻き込まれるよりは、錬金術ギルドの保護下に入るべきだろう」

「クレイン様がそう言うなら、登録しますけど……」

「どうした? 問題でもあるのか?」

元婚約者嫌な人に会いたくないなーと思いまして」


 私にわざわざ「本気を出す」と宣言していた以上、ジール様が錬金術ギルドに足を運んでいる可能性は高い。また顔を合わせれば、突っかかってくる気がするので、できる限り近づきたくはなかった。


 アリスも忠告してくれていたし、縁が切れたばかりで関わりを持ちたくはない、という思いもある。


 しかし、そんな私の心配事を吹き飛ばすように、クレイン様は鼻で笑った。


「心配しなくても、奴はそれどころではない。予期せぬ来客の対応と、錬金術の難しさに頭を抱えている頃だ」

「ん? どういう意味ですか?」

「いずれわかる。ミーアが作ったポーションと俺の推薦状を持っていけば、すぐに登録を済ませてくれるはずだ。用意しておくから、必ず今日の帰りに錬金術ギルドに立ち寄ってくれ」


 それだけ言うと、クレイン様はポーションの研究に戻っていった。


 アリスも「敗けフラグを立てている」と言っていたし、私の知らないところで何かが動いているのかもしれない。


 一応、用心だけして錬金術ギルドで登録を済ませるとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る