第四章

第19話:アリスと食事

 二百本ものポーションを作り、品質チェックを終えた、三日後の朝。クレイン様の取引先に足を運び、納品する日々が続いていた。


 自分がポーションを作らせていただいたことと、クレイン様の助手になったことを報告して、取引先の信頼を得る。本来なら、信頼を勝ち取るのに苦労するのだが、冒険者ギルドで貴族依頼を担当していたことが良い影響を与えていた。


 転職しても、私に対する信頼は変わらない。クレイン様の評判が良いこともあり、大きなトラブルが起こることもなく、順調に取引が進んでいる。


 唯一納品しにくい場所は、前の職場である冒険者ギルドだけ。元婚約者の浮気相手、カタリナが貴族の担当をしているため、ここだけは足を運びたくはなかった。


 よって、予め連絡を取っておいた受付仲間のアリスと昼間に合流して、冒険者ギルドの近くにある飲食店に訪れている。


 夜景が綺麗に見える場所で有名なこの店は、アリスの実家なので、場所を借りてポーションの取引をさせてもらっていた。


「まさかミーアが錬金術師になって、冒険者ギルドにポーションを卸す日がやってくるとはね」


 ポーションを片手に持ち、目を細めて確認するアリスを見ると、私もまったく同じ気持ちが芽生えている。


 まさかアリスにポーションの査定をお願いする日がやってくるとは、と。


「私はまだ見習い錬金術師だからね」

「そうは言うけどさ、これ、けっこう良いポーションじゃない? 全部自分で作ったんでしょ?」

「まあね。自分で査定していても、良質な方に分類されるかなって思ってるよ」

「良質というよりは、うーん……。職人技の玄人感が半端ないんだけど」


 そんなことを話していると、アリスのお父様がデミグラスソースのかかった特製オムライスを持ってきてくれた。


「聞いたぜ、ミーアちゃん。宮廷錬金術師の助手になったんだってな」


 冒険者ギルドで働いていた時は、この店で昼ごはんを食べることが日課だったので、すでに顔と名前は覚えられている。


 アリスのお父様ということもあり、どことなく面影を感じるため、気楽に接することができていた。


「ありがとうございます。まだ一週間しか経ってませんけどね」

「でも、出世したことには変わりないんだろ?」

「全然違う職なので、出世というのは少し違う気がします。普通に転職したと思っていただければいいかと」


 うちのお父様とは違い、すごくフランクに話しかけてくださるのだが……、思春期真っただ中のアリスは嫌がっている。


 オムライスだけ受け取ると、邪険に扱うようにシッシッと手で追い払っていた。


「はいはい、お父さんはあっちに行って。麗しい乙女の会談の邪魔だよ」


 年頃の女の子というのは、こういうものなのかもしれない。アリスのお父様も忙しいみたいで「ゆっくりしていきなー」と言って、すぐに厨房へと戻っていった。


「もう……本当に恥ずかしいんだから」


 顔を赤くしたアリスは、辛辣な態度を取っているが、なんだかんだで嫌いではないと知っている。アリスが積極的に店の手伝いをしているのは、冒険者ギルドにいる頃から有名な話だったから。


 普段は裏表がない性格なのに、家族には素直になれない、それがアリスなのである。


 早速、作ってもらったばかりのオムライスに手を付けると、懐かしい思い出の味が口いっぱいに広がった。


 冒険者ギルドを辞めてから、まだ一週間くらいしか経っていない。それなのに、こうしてアリスと食事するのも、本当に久しぶりな感じがする。


 何より、フワフワとした玉子と濃厚なデミグラスソースが絶品でおいしい。


「アリスのお父様、料理が上手だよね。さすがプロって感じがする」

「私はミーアの舌が庶民的なだけだと思ってるよ」

「うーん、あながち間違っていないかな。うちは料理人を雇ってなくて、平民のメイドさんが料理を作ってくれるんだよね。食卓には、庶民的な料理が並ぶよ」

「うわっ、衝撃の真実。知りたくなかった貴族の裏事情だわ」


 貴族は住む世界が違う生き物だと思っているのか、現実的な話を聞かせてあげると、アリスはカルチャーショックを受けていた。


 三年間も昼食を共にしていたんだから、同じような舌をしていることには、早く気づいてほしいものである。


 そんなことを考えていると、アリスが何かを思い出したかのようにハッとしていた。


「あっ、そうだ。こっちにも衝撃の話があったのよ」

「どうしたの?」

「実はね、カタリナが冒険者ギルドを無断欠勤してたんだけど、ついにクビを切られたみたいなの」


 何気ない表情で教えてくれるアリスだが、平民である彼女は事の重大さがわかっていない。貴族担当のクビが切られたとなれば、とんでもない数のトラブルが起こりかねない大事件だった。


 貴族というのは、非常に面倒くさい生き物なのだから。


 冒険者ギルドに限っての話ではないが、貴族は担当を変えることを極端に嫌う傾向にある。


 適当な対応をされていると感じたり、蔑ろにされていると思ったりと、反発されやすい。新しい担当者の腹の探り合いから始めるため、とにかく警戒心が強くなってしまう。


 私が退職するときでさえ、引き継ぎ作業に三ヶ月も費やし、関係各所に何度も挨拶に回った。短期間でまた別の人間に担当させようとすれば、トラブルを起こさない貴族の方が少ないだろう。


 そういえば、婚約破棄の書類を渡したときも、カタリナはジール様と共に行動していたっけ。まさか冒険者ギルドをサボって、ジール様に同行していたなんてことは……ありそうで怖い。


「じゃあ、今後は誰が貴族依頼を担当するの? 冒険者ギルドに在籍する貴族って、今は誰もいないよね?」

「問題はそこ。まともな敬語で接客できる人がいないから、ひとまずギルマスが代理で受けてるんだけど……、なんか私に回ってきそうなんだよねー」

「ええー……。悪いことは言わないから、絶対に辞退した方がいいよ。裏表がないアリスには向いてないもん」

「私も同じ意見だよ。でも、ミーアと仲がよかったから、変に期待されてるみたい」


 依頼主が同年代の女子ならまだしも、冒険者ギルドに依頼を出すのは、当主であることが多い。依頼の打ち合わせに平民の女の子が足を運ぶとなれば、追い返されるのが関の山だ。


 かといって、他に最適な人物がいないのも事実である。そして、従業員でもない私が必要以上に口を挟むのは、よろしくない。


「貴族依頼を担当するにしても、気を付けてね。何か問題が生まれたら、少しくらいは力になれると思うから、遠慮なく言って」

「うん、ありがとう。新しく貴族担当が入ってくるまでの臨時対応になるだろうし、それまでの辛抱かなー」

「そっか。私が冒険者ギルドに戻ってあげられたらいいんだけど、さすがにそういうわけにはいかないんだよね……」

「気にしないで。こっちはこっちで何とかやるよ。それより、ミーアの方こそ気をつけてね。元婚約者、噂ではけっこう荒れてるみたいよ」


 急に話題がジール様のことに変わると、数日前に突っかかってきたことを思い出す。


 しかし、気を付けなければならない要素はあるものの、荒れる要素に思い当たる節はなかった。


 もしかしたら、本気を出す、と言っていた影響かもしれない。気迫に満ち溢れている姿を、荒れていると誤解されているんだろう。


「元々気性が荒いから、荒れているように見えてるだけじゃないかな。婚約破棄の書類を渡した時は、意気揚々としてたもん」

「化けの皮が剥がれてきたんじゃない? ミーアがいなくなって、色々手が回らなくなったのかもね」

「さすがにそれはないよ。だって、今から本気出す、って言ってたから」


 今まで錬金術ができない演技をして、才能を隠していたジール様にとって、今が勝負時であるのは間違いない。


 オババ様の話では『浮気して婚約者に捨てられた男』と噂が広がっていると言っていたから、奮起して錬金術に励み、良い印象にしようと必死なんだろう。


 本当に錬金術ができなくて焦っている、なーんてオチがあるはずはない。でも、アリスはそう信じているみたいで、額に手を添えて、大きなため息を吐いていた。


「ミーア。それはね、完全に敗けフラグを立ててる奴の台詞だよ」

「なにそれ。平民の間で流行ってる言葉?」

「まあ、そのうちわかることかな。とにかく変な事件に巻き込まれないように、気を付けて過ごしてよね」

「それはお互い様だけどね。貴族依頼の担当、思っている以上に大変なんだから」


 たった一週間の間に起こった出来事を話し合い、互いに情報を共有したのだった。

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