第18話:崩れ落ちる野望(ジール側3)

 見習い錬金術師のミーアが、いとも簡単にポーションを作り続けている頃。王都のとある工房では、まったく逆の現象が起こっていた。


「クソッ! なぜポーションができないんだ!」


 Cランク錬金術師のジールが、何度やってもポーションが作れなくなっているのだ。


 思わず、怒り任せにバンッ! と机を叩くが、現実は何も変わらない。ポーションができずに焦る気持ちと、うまくいかずにイライラする気持ちが合わさり、大きく取り乱していた。


「天才の俺が、ポーションなんて簡単なアイテムを作れなくなるはずがない。これは何かの間違いだ。俺は天才、俺は天才なんだぞ」


 自分に天才だと言い聞かせても、気持ちは焦るばかり。机の上で出来損ないのポーションが転がる光景を見るだけで、惨めな気持ちになってしまう。


 ただでさえ、ミーアに押し付けていた面倒な作業をこなして、ジールはイライラしている。買い出し・薬草処理・ポーションの下準備と、普段の仕事量の数倍は働いているのだ。


 そこまで手間をかけているのに、うまく調合ができないのだから、苛立つのも無理はない。


 たとえ、それが本来の錬金術師の仕事であったとしても。


「どうして何も反応しないんだ! 今までと同じことをやっているだろ……!」


 長年にわたってジールは錬金術の仕事に携わっているが、何も作れなくなるのは、生まれて初めてのこと。それだけに、対処の仕方がわからなかった。


 ポーション瓶に何度魔力を流しても、うんともすんとも言わない。作業工程は合っているはずなのに、錬金反応が起こる気配は、まるでない。


 下処理した薬草をすり潰して、適当に魔力水と混ぜておけば、ポーションは作れる。それがジールの錬金術であり、自分の中の常識だった。


 大雑把な下処理をして、薬草の成分や魔力を壊していることに気づかない。天才がゆえに、自分がミスをするはずはないと思っているのだから。


「俺は錬金術の天才なんだぞ。何の努力もしないでポーションを作れていたのに、こいつは何が気に入らないというんだ!」


 錬金反応の起こらないポーション瓶を壁に投げ捨てると、パリーンッ! と割れ、周囲に残骸が飛び散った。


 また面倒な下処理からやり直し、そう思うだけでも、ジールのイライラは高まるばかり。しかし、雑用を押し付けていたミーアはいないため、自分でやるしかなかった。


 薬草をひきちぎり、葉が傷つくまで爪で洗い、怒りに身を任せてすり潰す。


 自分の心を表しているように作業が荒くなるが、気にする様子は見せない。


 挙句の果てには、グツグツと沸騰した魔力水を触り――、


「熱ッッッ!!!!」


 バシャーンッ! と熱湯をこぼし、手を火傷してしまう始末。たった一日で荒れ果てた工房を見て、ジールは何が起きているのか理解できていなかった。


 ポーションが作れなくなった、その現実を除いては。


 そんななか、軽快なリズムで駆けてくる足跡が聞こえてくる。ジールの工房にヒョコッと顔を出したのは、ミーアの代わりに店を手伝うカタリナだった。


「ジール様ぁ~、取引先のウルフウッド公爵が来られました~……けど、どうされました?」


 数時間前まで意気揚々だったジールの姿と、今の変わり果てた姿を比較して、カタリナの顔から笑顔が消えていく。


「……スランプだ。俺は、錬金術のスランプに陥ってしまった」

「えっ? 本気を出して作る~って、言ってましたよね?」

「仕方ないだろ! 今までと感覚が違って、錬金術ができないんだ! ポーションが、作れないんだよ!!」


 認めたくはないが、現実と向き合うしかない。ジールは錬金術ができなくなったことを自覚した。


「それって、もしかして~……。先輩が手伝ってた影響、とかでは?」

「馬鹿を言うな。そんなはずがあるわけないだろ」

「で、ですよね~。そ、そんなわけが……」


 今までと違うことは、たった一つ。仕事を押し付けていたミーアがいない。しかし、それを認めると、自分の数々の行動と言動が間違っていたと認めることにもなってしまう。


 ミーアがいなくなっただけで、何もできなくなるなんてことはない。そんなことがあるはずはない。


 今のジールは、そう自分に言い聞かせることしかできなかった。


「でも~、どうされますか~? ウルフウッド公爵が待ってますけど」

「余っていたポーションはどうした?」

「先輩が手伝ったポーションはいらないからって、全部捨てたじゃないですか~。本気を出したら、半日で作れるって……」


 何もかもが裏目に出てしまうような展開に、ジールは頭を抱える。


 自分の計算では、問題なく作れるはずだった。なのに、理想と現実があまりにも違い、大きなため息を吐く。


「まるでミーアの呪いだな。クソッ! よりにもよって、ウルフウッド公爵との大型取引に問題が発生するとは」

「大丈夫ですか~? あそこってぇ、けっこう厳しい家系で有名ですよね……」

「待ってくれるかどうかは、未知数だな。俺も顔を合わせるのはだが、何とか説得するしか方法はない」

「えっ? 毎月取引していたのに、久しぶりって。じゃあ~、今まで誰が取引を……?」


 驚愕の表情を浮かべるカタリナを見て、ジールは下唇を噛んだ。自分が何もしていなかった、そう言わんばかりの言葉に、苛立ちを隠しきれない。


 面倒なは、すべてミーアに押し付けていたのだから。

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