第5話:ポーションの査定

 慣れ親しんだ受付の仕事をこなしていると、あっという間に時間が流れていった。


 周囲の気遣いもあり、受付に座る場所を変えてもらったため、いつものようにカタリナと顔を合わせることはない。


 それどころか、貴族依頼を適当に処理していたことがバレたカタリナは、現在ギルドマスターの部屋に呼び出されている。


 いくら男爵家の令嬢とはいえ、冒険者ギルドの信用問題に関わるので、厳重注意で終わるはずがない。迷惑をかけた方々の元まで足を運んで謝罪したうえで、減給処分が妥当だろう。


 貴族依頼は責任が重いし、今後はフォローしてあげられないからと、何度も伝えておいたのに……。こればかりは面倒を見てきた私のせいではなく、自業自得なのだから仕方ない。


 そのおかげといってはなんだが、最後の仕事をノビノビとできているので、ありがたいことではある。


 まあ、冒険者や生産職の人にまで話が広がっているみたいで、決して居心地が良いとは言えないが。


「あの女狐、今度はミーアちゃんの婚約者を寝取ったらしいわ」

「私はジール様がミーアちゃんの後輩に手を出したって聞いてるよ」

「待って。ミーアさんって、寿退社するんじゃなかったの?」


 もはや、噂話を止める術はない。そして、カタリナにも余罪があるみたいで、女狐というあだ名で呼ばれていることを知った。


 確実に婚約破棄ができそうな雰囲気なので、私にとっては追い風になりそうだ。


 でも、可哀想……と言いたげな視線を向けられるのは、良い気持ちがしない。浮気されたこともあり、私が捨てられたみたいな印象を受けてしまう。


 しばらくは仕方ないのかな、と諦めかけていると、私の受付に一人の男性がやってきた。


 ポーションを入れたケースを受付カウンターにドンッと置いた、クレイン様である。


「昨日の返事を聞きに来た。ポーションの納品はついでだ」

「本気だったんですね……」

「冗談で言うことではないだろ」

「それはそうですが、簡単には信じられない話だったので」


 クレイン様が持ってきてくださったポーションを預かると、いつもと同じように査定していく。


 不純物が混ざっていないか、品質に問題ないか、魔力が安定しているか。様々な項目を確認しながらも、私は頭の中で別のことを考えていた。


 宮廷錬金術師の助手、か。改めて考えてみると、私は何を求められているんだろう。


 普通は、才能のある錬金術師や弟子を助手に付けるはずなんだけど。


「ハッキリと申し上げておきますが、私は錬金術師の資格を持っていませんよ?」

「それくらいは知っている。俺も錬金術ギルドに身を置いているからな」

「冒険者ギルドの受付嬢を助手にするなんて、聞いたこともないですし……あっ、これは買い取り額をプラスしておきます」

「良いものが紛れていたか?」

「他のものより魔力が安定しています。長期依頼に出かける冒険者用に取っておきたいですね」


 クレイン様はポーションを研究しているため、納品するポーションに当たり外れが存在する。


 婚約者だったジール様が錬金術師だったこともあり、その助手をやっていた私はこうして色々なポーションを見比べることができて、いつも勉強させてもらっていた。


 いま思えば、それがどうしようもないくらい楽しくて、気難しいと言われているクレイン様とすぐに打ち解けられた要因だったのかもしれない。


「俺がミーア嬢をかっているのは、そういうところだな」


 そんなことを考えていると、唐突にクレイン様に評価されて、私は首を傾げる。


「どういう意味ですか?」

「ポーションの細かい査定は難しいが、平然としてやってのけるだろ」

「ただの慣れですよ。経験がものをいう作業ですし、ギルド職員なら誰でもやっています。私が特別上手に査定するわけでは――。これはどうやって作ったんですか? ちょっと他のと雰囲気が違いますね」


 一見、普通のポーションに見えるのだが、魔力の流れが僅かにおかしい。


 クレイン様が作る様々なポーションを比較してきた私は、僅かな変化でも敏感に反応するようになっていた。


「なに? どこに置いてあったものだ」

「三列目の右から四番目です」

「そこに置いたものは、魔力水の温度を下げて作成したものだな」

「水温が低いと、薬草の成分が抽出しにくいと聞いたことがありますが」

「時間をかけて抽出した分、薬草に含まれていた魔力が変化したのかもしれない」


 こうして話し込んでいると、あっという間に時間が過ぎてしまうのだから、錬金術は奥が深い。


 クレイン様は錬金術師でもない私の言葉に耳を傾け、あーだこーだと議論してくださるので、ついつい話が長くなるのだ。


 仕事中ではあるものの……貴族担当は接待も仕事のうちに含まれているため、誰にも文句を言われることはなかった。


「助手の話を断ったら、こういう話ができなくなるのはツラいですね。錬金術は好きなので」

「だろうな。ポーションを見ただけで活き活きするのは、俺が知る限りではミーア嬢しかいない」


 面と向かって言われるのは恥ずかしい。でも、確かに私は錬金術が大好きだった。


 薬草からポーションを作り出すのも不思議だし、鉱物を変形させてアクセサリーを作るのも、見ていて楽しい。


 ジール様との婚約を受け入れていたのも、錬金術の仕事に携われるというオプションがあったから。


 もしかしたら、ジール様に好いていると誤解させていたのは、こういう気持ちが影響していたのかもしれない。


「私、そんなに顔に出てます?」

「鏡を持ってきてやろうか?」

「大丈夫です。その代わり、五列目の左から二番目のポーションは買い取り不可としておきます」

「やっぱりダメだったか。成分を抽出し終えた薬草を再利用したものだったんだが」

「そんなものを持ち込まないでくださいよ。私は試験官じゃないんですから」

「俺にとっては試験官みたいなものだ。それは偽造ポーションと言ってな、他の職員なら普通に買い取ってもらえる違法品だぞ」


 クレイン様におかしなことを言われ、もう一度そのポーションと向き合う。


 しかし、色合いや魔力反応はあるものの、明らかに回復成分が存在しないものだった。


 いくらなんでも、こんなポーションを買い取る職員はいない。だって、ポーションになりきれていないんだから。


「またまた~。そんな冗談は通じませんよ」

「本当のことを言ったまでだ。正直、俺も分別するラベルを貼っていなかったら、本物か偽物かわからない」


 あまりにも真剣なクレイン様の表情と、一つだけ違うラベルが貼られたポーション瓶を見て、私は固まった。


 ま、まさか。そんなはずは……。

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