第10話 白い息

 男女の逢瀬と言うには、互いの熱量が余りに欠けていた。カフェが空く午後の時間帯。俺の座る席の隣に少女は自然とやって来るようになっていた。


 少女はいつも同じ格好をしていた。革のジャケットにホットパンツ。そして黒いストッキングを纏った細い両足を組み、いつもアイスジンジャエールを飲んでいた。


 俺達は特段挨拶をする訳でもなく、会話に花を咲かせる訳でもなかった。互いにスマホをいじり、黙々と自分が注文した物を口にしていた。


「知らないの? 生姜は身体を温める効果があるのよ」 


 どちらかが話題を振るわけでは無かったが、俺達の間では何となく会話が生まれる時があった。それは、少女が真冬に冷たい物を飲む理由だった。


「それにしてもその氷の量は身体が冷えるんじゃないか?」


「仕方ないじゃない。この店ジンジャエールはアイスしか置いてないんだから」


 少女は肩まで伸びる波打つ黒髪を触りながらそう言った。枝毛を見つけたのか、暫くその処理に没頭していた。


「お兄さん。なんで私を買わなかったの? 自分で言うのもなんだけど、私はかなりランクが上だと思うけど?」


 少女はテーブルに肘をつき、顎を片手で支えながら俺を見る。少女の瞳は自信に溢れていた。それは自分の容姿に絶対の優位性を確信していた者の余裕だった。


「だろうね。君の若さはある意味無敵だろうね」


 俺は少女の挑発的な言葉を直接肯定せず、君の需要の理由は今限定の若さだと遠回しに説明してみせた。


「お兄さん。ルックスは普通よね。私を買わなかったのは彼女に悪いから?」


 俺の嫌味を完全無視し、少女は質問を重ねてくる。自分を買わなかった理由に固執しているようにも見えなかった。


 俺の頭にある答えが浮かんだ。少女は暇なのだ。街角に立つ合間、寒さを一時的に凌ぐこのカフェでの時間の暇つぶし。


 その対象に使われた俺は流石に良好な気分にはなれなかった。むしろ害したと言ってもいい。俺は大人気なく少女に敵意を混ぜた言葉を吐いた。


「彼女はいないよ。俺は恋愛が出来ないんだ。何しろ恋をしたら死ぬ病気でね」


 俺のその言葉を聞けば、からかわれたと受け取るのが普通だった。少女は興醒めしたような表情で聞いていた。そしてグラスからストローを外し、残ったジンジャエールを一気に飲み干す。


 少女は勢い良く席から立ち上がり、グラスの乗ったトレイを持ちながら俺の耳元で囁く。


「じゃあ私と真逆ね。私は失恋すると死ぬの」


 暫しの休憩を終えた少女は、再び街角に立つ為にカフェを出ていった。俺は耳元で囁かれた刹那、少女の口元から白い息が漏れた気がしていた。

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