第9話 街角に立つ少女

 恋をすると死ぬ運命。これは医学界で謎とされている希少な奇病では無い。世界有数の占い師が見通した未来でも無かった。


 ただそうだと俺は知っていた。正確な年齢を言われると少々自信が無いが、物心がつき恋という事言葉の意味を理解した頃にはその運命を自覚していた


 理屈や理由では無い。兎にも角にも俺は何故かそうだと分かっていた。だが残念ながら映画や小説のような悲劇の主人公設定では無かった。


 人は誰でもいずれ死ぬ。事故か病気か老衰か。例外無くそのどれかに当てはまりこの世を去る。自分の寿命がいつ尽きるか誰にも分からない。


 もし分かったら人は発狂してしまうだろう。たまたま俺はそれが分かってしまったのだ。俺が死ぬと時。それは自分が恋に落ちた時なのだ。


 決して恋が原因では無い。俺が死ぬ運命の日が恋をした時だったと言うだけの話なのだ。命日となる日に恋をしただけ。


 死と言う人間が一番恐れ慄く巨大な暗闇が先であり、恋は後付け理由の二番煎じみたいな物だ。おまけと言っても差し支えない。


「じゃあ私と真逆ね。私は失恋すると死ぬの」


 そう言った彼女。少女と出会ったのは十二月の中旬に入った頃だった。俺の住む街の駅の裏通りには、女性達が等間隔を置いて立つ場所があった。


 最近では「立ちんぼ」よ呼ばれる売春を目的とする女性達だ。彼女達はスマホを片手に声をかけられるのをひたすら待つ。


 男達はそんな彼女達を値踏みし話しかける。そこからは値段交渉が始まり、女性側が合意しなければ男は悔しそうに立ち去るか、ほかの女性にまた交渉する。


 女性が男の提示した値段に納得すれば、初対面の男と一緒にホテルに消えていく。世間の動きや流行りに疎い俺は、自分の街にそんな売春交渉の場が出来ている事に気付かなかった。


 

「お兄さん。二万でどう?」


 少女にそう声をかけられるまでは。


 後に彼女はあけすけにそう言った。通常女の方から男を誘うことは無いと。そんな事をすれば相手に値切られるからだ。では何故俺に声をかけたのか?


「決まってるわ。くそ寒くてしょうが無かったのよ


 馴染みのカフェの窓側に座る俺の隣で、少女は冷たいジンジャエールを飲みながらそう口汚く言った。


 寒空の下。少女に売春を持ちかけれた俺は、初めてこの裏通りに立つ女達の目的を知った。性欲より警戒心が優勢だったこの時の俺は、片手だけを振りその場を立ち去った。


 そしてカフェに入ると、程なくして先程の少女が隣に座って来た。一瞬目が合ったが、少女は気にする様子も無く見るだけで体温が下がりそうな氷の詰まったドリンクを飲んでいた。


「······寒いって言っていたのに、その飲み物は冷たくないの?」


 何故だろうか。初対面の女性に話しかける積極性を持ち合わせていない俺が、足を組みながらドリンクを飲む少女に質問していた。


 店の外からは、金髪の女性が歌う声が聴こえていた。

 


 

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