第5話 夕暮れの帰り道

 政府から正式な通達が来たのは三日前だった。世界で唯一の男となった俺を政府は保護隔離すると言って来た。


 世界連合軍が日本へ攻め込むと言う噂は一介の学生である俺でも知っていた。だが、どの国も職業軍人である女性は少数であり、各国は一般市民を徴兵する事より始めなくてはならなかった。


 当然軍隊の編成、兵器の運用にも時間がかかり、

その時間を利用して政府は俺を手元に置き、各国との政治的取引に使うらしい。


「草臥(くたび)君。貴方との性交渉の値段を想像出来る? 一度につき百億円よ。しかもこれは昨日の値段。今日は三百億の値がついたわ。明日はその倍になるでしょうね」


 眼鏡をかけた色気ムンムンの政府関係者の美女は、俺に内部情報をこっそりと教えてくれた。どうやら俺の存在は世界最後の種馬として大きな市場と化しているらしい。


 政府は特定の国に対して俺の種馬を提供すると裏取り引きを持ちかけていた。勿論、そこには見返りの莫大な金が動いていた。


 その結果、世界連合軍の足並みにき裂が生じ、早晩連合軍は瓦解すると色気女は話していた。


「残念だけど草臥君。貴方の存在はもう自分で自由に出来る物じゃなくなったの。三日後に迎えにくるわ。それまでやり残した事を片付けておいてね」


 色気満載美女はそう言い残して黒塗りの車で去って行った。俺は無造作に後ろを振り返る。俺を尾行、監視している黒服の男達はそれを隠そうともしなかった。

 

 俺はため息をつきながら歩き出した。日はもう西に落ちそうになっていた。俺は歩きスマホをしながらニュースを流し読みする。


 ニュースは事件や事故ばかりだった。不慣れな女性消防官が火災に巻き込まれ死亡。妊娠中の女性トラックドライバーが過労死。


 原発の故障に対応できる人材が不足し、放射能漏れに対応し被爆したのが二十代の女性。


 男の存在が消え、その負担はそのまま残された女性にのし掛かった。社会環境は混乱し、流通は上手く機能しなくなった。


 スーパーやコンビニは常に商品が不足し、今俺が触っているスマホも度々通信障害が起こった。そもそも電力も正常に供給されなかったので停電は日常茶飯事となっていた。


 そのしわ寄せで俺の唯一の楽しみのゲー厶やアニメも楽しめなくなった。あれ程他の女達に冷たくして満たされた復讐心も、時間が経過すればただ虚しくなるだけだった。


 俺はふと足を止めた。目の前には古びた平屋が建っていた。俺は学校の帰り道、この平屋の住人に飼われていたデブネコと戯れるのが習慣だった。


 だが、世界が変わってからデブネコはその姿を見せなくなった。どうやらあのデブネコは雄だったらしい。


 あの八重歯の神様は律儀にも世界から全ての雄を消し去ったみたいだ。お気に入りの古本屋も閉店した。


 仙人みたいな老人店主が消えたからだろう。築五十年を超えた団地の家に帰っても、家には誰も居なかった。


 俺の父親も当然消え、母親は家計を支える為に毎日遅くまで働いていた。俺は着替もせず自分の部屋に寝転んだ。


「なんだかなあ」


 俺は独り言を呟く。これが俺の望んだ世界だったのだろうか? 俺は俺を馬鹿にした女達を軽蔑して満足したのか?


 ······分からない。幾ら自問自答しても答えは出なかった。心の中を反芻しても残るのは虚しさだけだった。


 あと三日で俺は自分の自由すら失う。その後は巨大な権力者達に良いように利用されるだけだった。


「······自殺でもしようかな」


 夕焼けの明かりが窓越しに俺の頬を照らしていた時、俺は何気なくそう呟いた。その呟きが、その言葉が。


 かつてない確固たる意思に急速に変化して行く事を俺は自分自身で感じていた。




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