7
「……相変わらずエゲツねぇな」
加賀の様子を遠くから見守っていた俺は、その戦いを見て戦慄していた。
「
「いや、俺にも詳しくわかんねぇ」
トオルも同じようなことを感じていたらしい。
はたから見れば、加賀に襲いかかった少年も、あとになって現れた浮浪者も、みなわざわざ加賀を避けて攻撃しているようにしか見えなかった。
近くで見れば、ちゃんとバトルに見えたのかもしれないが、ある程度離れてみると一目瞭然だ。
敵は、攻撃したつもりで、一つも加賀を攻撃できていないのだ。
「加賀先輩のオリジナル魔術って言ってましたっけ。あれ、ボクたちでも使えますかね」
「残念ながら、加賀が『シンプルだけど条件と使い所が難しいから、キミらじゃ使えない』って言ってたぞ」
「ふぅん……」
――〈
確立をひっくり返すだけのごくシンプルな魔術……だそうだ。
つまり、100% 起きうる出来事なら、起きる可能性を0%に。
20% 起きうることなら、起きる可能性を80%にする。
すなわち、100% 当たる攻撃なら、100% 当たらない――!
加賀はあえて攻撃を一切避けず、100% 当たるように誘導していた。
結果、攻撃は100%、加賀を避けて通ったのだ。
逆に言えば、100% 当たらない攻撃をすれば、100% 当たる諸刃の剣だ。
しかし、加賀は細かく機能を ON/OFF することで、あらゆる攻撃を無効化した。
単純ゆえに、その詳しい効果は弟子――阿千里と小林トオルの二人にも秘密にしてある。
加賀がわざわざ姿を表して声をかけたのも、半分は少しでも確率を上げるためだ。
「それにしてもエゲツねぇな……
「ですね……っと。ちゃんと誘導されてくれてますね」
穂西光輝は酷く慌てた様子で加賀から距離を置こうと走っている。
何やら輪郭がボンヤリしているが、多分あれが穂西光輝の魔術のひとつなのだろう。
と言っても、遠身を通してよくみれば一目瞭然だし――それ以上に穂西光輝の選択する逃亡ルートはこちらが事前に用意したものだ。
なんでも「こっちに行ったらダメだ」と感じさせるためにルーンを要所要素に刻んであるらしい。
選択されたルーンは〈
これに汎用魔法陣で魔力を流し続けると、人の意識に影響を与え続け、アクシデントを予感させる。
結果、穂西光輝は逃亡ルートを制限され、まんまと俺――
「行くか」
「はい」
俺たちは廃墟の足場をゆっくり降りて(加賀のように飛び降りたりなどできるわけがない)、こちらに走ってくる穂西光輝を待ち受ける。
二人で指輪っかで覗き見ていた間は、傍から見たらきっとひどく間抜けに見えただろう。
だが。
「コール。〈
これで光輝は、俺とトオルに関心を持つことはできなくなった。
俺はトオルと手をつないで(誤解のないように言っておくが、トオルも魔術の効果範囲に入れるためには、肌の接触が必要なだけだ)光輝の前に無造作に姿を現す。
当然、こちらの二人の姿は見えているのだが……光輝は一切何も気にせず、目の前を走って通過しようとする。
「……あらよっと」
「うぉあっ!?」
ヒョイ、と足を出すと、光輝は躓いてすっ転んだ。
「悪いね」
できれば普通に呼び止めたかったが、他に止める方法はないのだから仕方ない。
「だ、誰だ?!」
光輝は辺りを見回すが、目の前にいる俺たちに気づかない。
目には見えているのだ。
そこに俺たちがいることも間違いなく認識している。
ただ––––俺たちに関心を持つこと、意識を向けることをを禁止されてしまっているのだ。
だから、そこに人がいることはわかっているのに、今起きた出来事と紐付けて考えることができない。
声を出そうと、仮にぶん殴ろうと、相手は俺たちを認識できない。
彼にとって、俺たちは存在していないのと同じなのだ。
――汎用魔術〈
発動している間は、周りから使用者への関心を禁じる魔術である。
まともな管理者なら「ちょっと影が薄くなったな」と感じるだけの、初歩の魔術ではあるが、初見ではこれを退ける手段はまずない。
「くそ、何だってんだ一体!」
光輝が立ち上がって、走り去ろうとするので、俺は光輝の襟首をむんずと掴んだ。
「ぐえっ」
首がしまった光輝が呻く。
「な、何だ? 体が……体が動かねぇ?!」
「はいはい、ごめんねー」
とりあえず、このまま加賀のところまで連れて行こう。
ずるずると引っ張るが、
「なんだ?! 体が勝手に……! くそ、何だってんだ! 離せ! 離せっつってんだろ!」
光輝はジタバタと暴れる。
たまにビシバシと俺の手に攻撃が当たるが(地味に痛い)、相変わらず光輝は俺が襟首を掴んでいることと、自分が自由に動けないことを関連づけて考えることができずにいる。
「くっ……クソがッツ! コール!〈IF I ONLY HAD A ……〉!」
「コール、〈
すかさずトオルが光輝の魔術を打ち消す。
汎用魔術は、コールが短くて済むのが良いところだ。
オリジナル魔術はどうしても長ったらしくなりがちなのだ。
といっても、俺もトオルもオリジナル魔術なんて一つも使えねぇけど。
まだ未熟者も良いところの俺たちは、一度に一つの魔術しか行使できない。
だから〈
〈
故に、トオルとのタッグは必須なのだ。
「何なんだ! 近くに誰かいるんじゃねぇのか?! 何で魔術の効果がない!?」
光輝はジタバタと暴れている。まさか自分の魔術が発動しなかったとは思っていないだろう。
――汎用魔術、〈
一定の条件で、起きるはずの未来から逃げる魔術だ。
トオルは手に触れた特定の相手の魔術に対して「魔術が発動した未来」だけを打ち消している。
常時発動型で、持続時間は1時間。
触れていなければ発動できない、使い所の難しい魔術だが、俺の『Insulator 〈絶縁体〉』と組み合わせればそれなりに効果的だ。
なお、セーフティ機能として「自分自身にかけられた魔術」は打ち消さない––––同時に『Insulator 〈絶縁体〉』をかけている間は俺も『Coward 〈臆病者〉』の効果から除外される。
こうなると、殺人魔術師もただの暴れ猫と変わらない。
「クソッ! クソッッツ! クソがぁああ!! 離せ! 離せぇエエエ!!!」
光輝は相変わらず叫びまくっているが、構わず引きずっていく。
「離せ、離せぇぇええええええ!!!!」
▽
光輝を引きずって行くと、加賀は落ち着いた様子で座って待っていた。
どうせこう見えて俺たちの行動もしっかり見ていたのだろうけど……。
「や。万事首尾通りってとこかな?」
「そっすね」
「はい」
光輝はぐったりとしながら「クソ……クソ……」と呟くだけになってしまった。
「クソクソとうるさいね……コール。〈
加賀がコールすると、光輝の口が消えてなくなり、そこにはツルンと皮膚になってしまった。
トオルが「きゃっ」と、女みたいな悲鳴を上げるが、武士の情けだ。聞かなかかったことにしてやる。
急に口がなくなったことで光輝はパニックを起こす。鼻息が荒いが、うーうーと呻くだけで、何も発音できない。
「口がなければ、凡百の魔術師は魔術を行使できないからね。口を奪ってしまうのが一番手っ取り早い。……まぁ、今回は小林君に触れててもらえばいいからあまり意味はないかもしれないけど」
加賀はそう言って、しゃがんで光輝と目線を合わせる。
光輝は目を大きく見開いて、恐怖でおののいている。
きっと、加賀が魔術で自分を引き寄せたとでも思っているのだろう。
「さて、尋問だ」
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