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「ここにはもう来るなって言ったつもりだったんだけどな」


 加賀は、手に持った花を脇に置いて、足を胡座に組み直す。

 本当に華道部として活動してたんだ……。

 他に部員がいるのも怪しいけれど。


「そう思ったんですけど。その、さっきのアレ聞いちゃったら、やっぱどうしても不安で」

「あー、聞こえちゃった?」

「はい、聞こえました」


 俺がそう言うと、加賀は面倒くさそうに頭をかいた。


「えっと、小林君もいるってことは、キミもかい?」

「はい」


 加賀は、あーー……、と呻いて天を仰ぐ(室内だけど)。


「まぁね。さすがにあんなの聞いちゃったら、忘れろ、はいそうですか、ってわけにはいかないか」

「……はい。それで、加賀さんなら何か知ってるんじゃないかと思って」

「ボクも同じく」

「なるほどね」


 諦めたように加賀は苦笑する。


「ま、アレが聞こえたってことは、もうこちら側に足を踏み入れたとも言える。それなら話ししておいたほうがいいか」

「こちら側、ですか」

「それって、つまり」

「うん、まぁつまり、昨日の二人の言葉を借りれば『魔術師』の世界ってことになるかな」

「……魔術師……?」


 ――ん?ちょっと引っかかる言い方だな。


「あの、先輩、二人の言葉を借りれば、って、言いましたよね」

「言ったね」

「借りなければ?」

「うん、特に決まった言い方はないから、好きに呼べばいい。それでも……そうだな、僕ならこう言うかな。……『管理者』」


 管理者。


「まぁ、正しくは Maecenas et ipsum ……あるいはアドミニストレータとか呼ばれてるけれど――長ったらしいからね。略して、管理者」

「何を管理してるんですか」

「別に何も? ただまぁ僕も正規の管理者ではないんだけど、本来は、メンテナンスなんかを請け負ってるみたいだぜ」

「メンテナンスって、何の?」

、さ」


 加賀の言葉は一見荒唐無稽に聞こえるが、俺はストンと胸に落ちた。


 先ほどのエラーメッセージ。

 あれは、本来管理者権限を持っている者に向けたメッセージだったのだろうと想像する。


 だが、なぜ、俺とトオルにまでそれが聞こえたのか。


「それで、加賀さん」

「うん?」

「さっきのアレ、なんだったんですか」

「ああ、まぁ、聞いてのとおりエラーメッセージだよ。世界にほころびが発生すると、ああいうメッセージが送られてくる」

「えっ、よくあることなんですか?」


 トオルが驚いた顔で聞き返すと、加賀は肩をすくめて


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」


 と、禅問答のような返事を返した。


「どういうことですか?」

「んー、まぁ、初めて聞いたメッセージがアレだから、さぞやびっくりしてるだろうけど、僕だってびっくりしてるんだぜ」

「その割には、冷静に花を活けていたように見えましたが……」

「そりゃそうさ、小林君。生け花ってのは精神集中が肝なんだ。何があろうと、途中で手を止めるようなことはしないさ」


 いや、アンタさっき途中で止めてたじゃねぇか。

 まぁ俺らが来たらなんだけどさ。


「じゃあ、なにが『そうじゃないとも言える』んですか?」


 加賀は、急に真顔になる。


「その、内容さ」


 自然、俺とトオルにも緊張が走る。


「エラーメッセージ自体は珍しくない。日常茶飯事……とまでは言わないが、それでも月に1〜2回はあるかな」

「そ、そんなにあるんですか」


 トオルが怯えたように身をすくめる。


「まぁ、内容は大したことないんだけどね。物理法則を無視した出来事なんかがあるとメッセージが発せられる。昨日なんかもそうだよ」

「昨日ですか」

「うん、あの二人が、物理法則を無視して、魔法じみた現象を起こすもんだからさ。キミたちのピンチも、それで知ったんだぜ」


 なるほど。

 って、それよりも。


「それで、さっきのエラーは、どう特別なんですか」

「ああ。さっきも言ったけど、普段のエラーは、本当に些細なものなんだ。ほころびはできても、ほっといたら治るくらいのもんさ。でも、さっきのは違う。つまり」

「つまり?」

「数十年に一度あるかどうかの、物理法則のアップデートに失敗したらしい」

「それって……」

「どうなるんですか?」

「物理法則のアップデートに失敗した――つまり、規模はわからないが、物理法則に乱れが生じるってことは間違いない。その結果」


 加賀は少しもったいぶるように言った。


「――これから先、魔術師が大量発生する可能性があるってことさ」

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