2
「ここにはもう来るなって言ったつもりだったんだけどな」
加賀は、手に持った花を脇に置いて、足を胡座に組み直す。
本当に華道部として活動してたんだ……。
他に部員がいるのも怪しいけれど。
「そう思ったんですけど。その、さっきのアレ聞いちゃったら、やっぱどうしても不安で」
「あー、聞こえちゃった?」
「はい、聞こえました」
俺がそう言うと、加賀は面倒くさそうに頭をかいた。
「えっと、小林君もいるってことは、キミもかい?」
「はい」
加賀は、あーー……、と呻いて天を仰ぐ(室内だけど)。
「まぁね。さすがにあんなの聞いちゃったら、忘れろ、はいそうですか、ってわけにはいかないか」
「……はい。それで、加賀さんなら何か知ってるんじゃないかと思って」
「ボクも同じく」
「なるほどね」
諦めたように加賀は苦笑する。
「ま、アレが聞こえたってことは、もうこちら側に足を踏み入れたとも言える。それなら話ししておいたほうがいいか」
「こちら側、ですか」
「それって、つまり」
「うん、まぁつまり、昨日の二人の言葉を借りれば『魔術師』の世界ってことになるかな」
「……魔術師……?」
――ん?ちょっと引っかかる言い方だな。
「あの、先輩、二人の言葉を借りれば、って、言いましたよね」
「言ったね」
「借りなければ?」
「うん、特に決まった言い方はないから、好きに呼べばいい。それでも……そうだな、僕ならこう言うかな。……『管理者』」
管理者。
「まぁ、正しくは Maecenas et ipsum ……あるいはアドミニストレータとか呼ばれてるけれど――長ったらしいからね。略して、管理者」
「何を管理してるんですか」
「別に何も? ただまぁ僕も正規の管理者ではないんだけど、本来は、メンテナンスなんかを請け負ってるみたいだぜ」
「メンテナンスって、何の?」
「世界の、さ」
加賀の言葉は一見荒唐無稽に聞こえるが、俺はストンと胸に落ちた。
先ほどのエラーメッセージ。
あれは、本来管理者権限を持っている者に向けたメッセージだったのだろうと想像する。
だが、なぜ、俺とトオルにまでそれが聞こえたのか。
「それで、加賀さん」
「うん?」
「さっきのアレ、なんだったんですか」
「ああ、まぁ、聞いてのとおりエラーメッセージだよ。世界にほころびが発生すると、ああいうメッセージが送られてくる」
「えっ、よくあることなんですか?」
トオルが驚いた顔で聞き返すと、加賀は肩をすくめて
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
と、禅問答のような返事を返した。
「どういうことですか?」
「んー、まぁ、初めて聞いたメッセージがアレだから、さぞやびっくりしてるだろうけど、僕だってびっくりしてるんだぜ」
「その割には、冷静に花を活けていたように見えましたが……」
「そりゃそうさ、小林君。生け花ってのは精神集中が肝なんだ。何があろうと、途中で手を止めるようなことはしないさ」
いや、アンタさっき途中で止めてたじゃねぇか。
まぁ俺らが来たらなんだけどさ。
「じゃあ、なにが『そうじゃないとも言える』んですか?」
加賀は、急に真顔になる。
「その、内容さ」
自然、俺とトオルにも緊張が走る。
「エラーメッセージ自体は珍しくない。日常茶飯事……とまでは言わないが、それでも月に1〜2回はあるかな」
「そ、そんなにあるんですか」
トオルが怯えたように身をすくめる。
「まぁ、内容は大したことないんだけどね。物理法則を無視した出来事なんかがあるとメッセージが発せられる。昨日なんかもそうだよ」
「昨日ですか」
「うん、あの二人が、物理法則を無視して、魔法じみた現象を起こすもんだからさ。キミたちのピンチも、それで知ったんだぜ」
なるほど。
って、それよりも。
「それで、さっきのエラーは、どう特別なんですか」
「ああ。さっきも言ったけど、普段のエラーは、本当に些細なものなんだ。ほころびはできても、ほっといたら治るくらいのもんさ。でも、さっきのは違う。つまり」
「つまり?」
「数十年に一度あるかどうかの、物理法則のアップデートに失敗したらしい」
「それって……」
「どうなるんですか?」
「物理法則のアップデートに失敗した――つまり、規模はわからないが、物理法則に乱れが生じるってことは間違いない。その結果」
加賀は少しもったいぶるように言った。
「――これから先、魔術師が大量発生する可能性があるってことさ」
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