3
3階。だめだ。廊下を逃げれば、背中を見せることになる。
2階。職員室がある。大人に頼るか?
――人払いにルーンを刻んでおいたのに
そんな少女の声を思い出す。
何のことだかよくわからないけど、ルーンってあれだろ?
アニメとかラノベに出てくる、魔術師とかが使う何かだろ?
そんなもん実在するの? というもっともな疑問はとりあえさておき、宙に浮いてるやつらを目の前にしたら、そんな些細な疑問は宙に浮いた問題だ(上手いこと言えてない。パニックを起こしているらしい)。
つまり––––職員室には人がいないってことでは?
あんな大きな音を立てても誰もこなかったというのがその証左。
回らない頭を無理やりぶん回して考える。
要するに。
(二階はだめだ)
この思考にかけた時間、ゼロコンマ1秒ほど。
普段は巡りが悪い俺の頭脳が絶好調だ。
なにせ命が懸かってるからな!
普段からこうだったらもう少し成績にも期待できるだろうにな!
一階へ――と思ったのだが。
「だめじゃない、外に逃げちゃったら。逃げていいのは建物の中だけ」
1階への踊り場に、ゴス少女が回り込んでいた。
え? なんで? いつ追い抜かしたの?
ポカンとした俺の顔が面白かったのか、ゴス少女はクスクス笑っている。
くっそ、きわどい格好してるけど可愛くねぇな!
顔は綺麗だけど、化粧が濃い女は好みじゃねえんだよ!
「だめだよ、外に出られると、人払いが面倒臭いからね」
そして3階方面の踊り場には少年が。
くそっ、同じ顔だけど、化粧云々の前に男には興味ねえんだよ!
だが、逃げられる方向が絞られてしまった。
いっそどちらかに特攻しようか――なんて考えはすぐに打ち消す。
こちらは完全無欠の一般人なのだ。
空を飛んだり瞬間移動するような奴らに向かっていくほどの蛮勇は持ち合わせていない。
「ほら、逃げなさいな。捕まったら拷問ね」
「ほら、早く逃げないと。捕まえたら拷問だね」
「冗談じゃねえッ!」
ゴス双子の言葉が、冗談でも何でもないとはっきりと理解して、俺は2階廊下をひた走る。
「5分間逃げ切れたら、あなたの勝ちってことにしてあげるわ」
「5分間掴まらなければ、逃がしてあげる」
絶対嘘だろ!
てかその気になれば5分どころか5秒で捕まえられるんだろ!
くっそ、遊びやがって!
職員室に期待するのは無駄だろう。
ていうか、職員室どころか、2階のすべての電気が消灯している。
人の気配なし。
「すぐ捕まえちゃうとつまらないから、30秒待ってから追いかけよう、姉さん」
「逃げまどう恐怖は長い方がいいから賛成するわ、ザイオン」
だから物騒だって!
こちとら、女生徒担いで逃げてんだぞ!?
ハンデくれハンデ!
「う、うぅん……」
荷物……じゃなかった、女生徒がうめき声を上げる。
まぁ優しく運んでいるわけじゃないからな。
さぞや揺れて不快だろうが我慢しろ。
後ろではカウントダウン。
そこで天才的なひらめきが。
(
幸い、窓の外は昇降口の陸屋根だ。
ここなら放り出しても大怪我することはないだろう。
打撲やら擦り傷程度はするかもしれないが、死ぬよりはマシだろ?
悲鳴を上げる体に喝を入れて、窓を開けようと手を伸ばす。
「あら、だめよ。ルールは守ってくれなきゃ」
「窓から外にでるなんて、お行儀が悪いよ」
カウントダウンが止まって(ちなみに19だった)、双子が不機嫌そうな声を出す。
知るか! 何がルールだ! 命大事に!
しかし、クレッセント錠はかかっていないはずの窓ガラスはビクともしなかった。
なんかまた不思議パワーを使ってやがるのか?!
「じゃあ、続き」
「24〜」
「ちょ!」
カウントダウンが止まっていると思ったら、きっちり数えてたのかよ!
いらねぇよ、その気遣い!
「うぉおおおおりゃーーーー!!!」
ガラスを殴りつけた。
パン! と小気味がいい音がして、ガラスの雨が降る。
何枚か小片が腕に刺さったが、気にしている場合じゃねぇ!
荷物(女生徒)をここから投げ捨てて、身軽になったら俺もここから逃げる!
肩の女生徒を窓から投げ捨てようと力を入れる(背負い投げの要領だ)。
ところが。
「な、ななな」
ガラスが、ムービーを逆再生したみたく、治っていく!
「なんっじゃこりゃあああ!?」
「ルールはきちんと守りましょう」
「29〜」
「ま、待て待て待て!!!!」
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