第24話 招待


『サー・ロートリンゲン、これらの事柄が事実であるかどうかは些事だ。この問題に対して、君が何もできない、という事こそが問題なのだ』


『君の名声には泥がついた。それはもう拭うことはできない』


『失望したよ。サー・ロートリンゲン』



 ―――陛下! 閣下!

 内部に私の敵が居るはずなのです!

 この件はきっとその者が……!



『内通者か。もちろん居るだろうな。で?』



 暗転。



『クリストファ、お前に侯爵の座は重かったかもしれんな』


 ―――父上?! 何を言われるのですか?!


『お前が無理だと思うならいつでも言え。私もまだ動けるからな』


 ―――私が……この私が、役者不足だと、そう仰るのですか?!



 暗転。



『今なお、被害を訴える女性の数が増え続けていますが、これについてどうお考えですか?』


『恋人がいた女性があなたのせいで自殺したことはご存じですか?』


『使途不明金の用途は?』


『この10年間でスターナイツに100件を越える婦女暴行を示唆したという証言もありますが・・・』



 ―――やかましい! 私が知るか!

 事実無根だ! 私は知らない!



『それではこの証言について、どのように説明されますか?』


『こちらの書類に記載されている証拠品は実際には存在しないため、冤罪だったことは明らかです!』


『説明を!』



 ―――止めろ! カメラを止めろ!

 黙れ、平民どもが!




***




 クリストファが目を覚ましたのは深夜、自室のベッドだった。

 月明かりが酒瓶の転がる室内を明るく照らす。


 あの報道から1週間。

 陛下や議会に詰問されて謹慎を命じられ、引退していた父からも呆れられ、記者会見以降はマスコミどもの無遠慮な訪問に曝されている。

 この3日は屋敷に閉じこもり、酒を飲んで寝るだけの日々だった。

 失敗したことのない男は、失敗からどう持ち直すかも、謝罪の方法すらも知らなかった。



 何故こうなった?

 クリストファは自問する。

 私はこの10年、国のために働いてきた。

 その功績を考えれば、多少、平民の女を嬲り、金や物を受け取り、私が作ったスターナイツをどう使おうが、私の勝手ではないか!

 首を取ったかのように詰り、笑い、陰口を叩くなど!

 全員、捻り潰してやろうか!


 ……クロウか? あの男が、私に報復を? 東洋人の、平民風情が?


 ダンッ!


 クリストファが腕を振るうと、部屋のソファが吹き飛び、壁に激突して粉々になる。

 自身の念力で高価な家具を破壊したその手ごたえが、いくらかクリストファを冷静にする。


 汚名を雪ぐには、何者かに罪を擦り付けるのが一番だ。

 その相手はクロウ以外にはありえない。

 あのテロリストに、全ての責任を被せてやる!


 この数日、頭を掻きむしり、繰り返しそのことばかり考えてきたが、そのクロウを探す手がかりがまるでない。

 レイン・ペンドルトンは、クロウの復讐の対象者の親族であるため、クリストファの頭の中では、いずれ辱める予定の小娘としてしか認識されていない。また、すでに手を出した部下たちが返り討ちにあっている以上、クロウの罠が残されている危険性もある。

 今ではクロウのことを知っているのは、ほぼクリストファだけであるため、他者から助言を得ることもできない。


 そもそも今の状況ではスターナイツへの命令も禁じられ、民間の手を雇うか自分で調べなければならないが、民間に弱みを見せることはプライドが許さず、自分で調査などしたことも無い。

 誰にも頼れず、怒りと屈辱と酒に濁った頭では名案も出ない。


 クロウの思惑通りに孤立した男は、同じ位置でただ足踏みをし、現実の儘ならなさに酒に逃げる。

 そんなことを繰り返していた。



 トゥルルルル!


 突如鳴り響く携帯電話のコール音。

 こんな深夜に電話を掛けてくる相手は誰だ?

 きっとろくな要件ではあるまい。

 携帯電話を手に取り、発信者の名前を確認すると、あれから居所の知れない、あの副官の名前だった。

 すぐに応答ボタンを押す。


「クロウかっ!」


『やあ、サー・ロートリンゲン。ご機嫌は如何かな?』


 心底楽し気な、笑いを含んだ低い男性の声がクリストファの神経を逆撫でする。


「貴様っ……!」


『そろそろ僕に会いたくなってきた頃合いかと思ってね。決着をつける勇気はあるか? お坊ちゃん』


「殺してやるぞっ……クロウ……!」


『ハハ、初めてお前と気が合ったな。……首都郊外、ウエストサセックスの外れに建設途中で計画が廃棄された大型マンションがある。そこで待っているぞ。逃げるなよ、負け犬』


 プツッ。


「……逃げるだと……? 誰に物を言っているつもりだ下郎が……!」




◆◆◆




 5階建ての基部の上に立つ、2つの高い塔状の建築物が特徴的な、しかしながらついぞ誰も住むことは無かった大型マンション。

 以前は浮浪者の住処になっていたが、今は内部を徹底的に『掃除』され、入り口を物理的に厳しく塞いだため、おいそれと中には入れなくなっている。

 早い段階での取り壊しが計画されていたが、必要な予算が捻出できず、出入り口を塞いだままになってしまっているその建物は、月光を浴びて、周囲の広大な空き地に侘しく巨大な影を落としている。



 クリストファはその外縁の広い駐車スペースに、自らが運転してきた高級車を駐車する。

 季節によっては無軌道な若者たちの溜まり場となっているが、冬を迎えた今は、さしものエネルギーを持て余した彼らもたむろする場所を移しており、寒々しい風が吹きすぎるだけだ。


 下車したクリストファは、念力で自身の身体を浮かせてバリケードを越え、2つの塔の間、マンションの5階屋上にあたる公園跡へ足を踏み入れた。


「来てやったぞ、クロウ!」


 朽ちつつあるマンションにクリストファの声が響く。

 クリストファの右後方から返事が聞こえる。


「お仲間は連れてこなかったのか?」


「貴様なぞ私一人で十分……だっ!」


 クリストファは返事をしながら、右後方へ向かって右腕を振るう。

 念力の衝撃波がコンクリート壁を直径2mほどの円形に抉り、貫通する。

 マンションの一角が破壊され、轟音とともに瓦礫が崩れる。



『……なかなかのご挨拶だが、スピーカー1台壊すのにずいぶん力を込めるものだな? 一人ぼっちの侯爵閣下?』


 クリストファの左方から嘲る声が響く。

 念力を振るったクリストファにも、固いコンクリを叩いた手ごたえしか感じられなかった。


「チッ! ……臆病者のネズミめが! 姿を見せろ!」


『クク……ずいぶん余裕が無いな? 部下を殺され、地位を追われたのは侯爵閣下にもまあまあ堪えたと見える。元侯爵になるのも時間の問題か?』


 クリストファの前上方から嘲笑交じりの声が降ってくる。

 ギリ、と歯噛みするクリストファ。


「……決着をつけるんじゃなかったのか?」


『もちろんだ。この1週間で理不尽に奪われる苦しみを少しは実感できたろう?』


 真後ろからも声が響く。

 どこに潜んでいるのか、杳として知れない。


「逃げ隠れしながら、不意打ち、騙し打ちで戦うと? ずいぶん臆病なことだな?」


『クク……いやいや、スターズNo.1様には敬意をもってあたらなければな。お前の念力は制御が雑・・・・だが、抵抗できない女子供にしか効かないわけではないだろう?』


 「元」と「制御が雑」を強調しながら話す声に、クリストファは苛立つ。


「制御がどうした? 貴様のような、念力でペンを持ち上げるのがやっとな半端者より遥かにマシだ」


『いいや。世の大半の人間は、婦女暴行犯よりは遥かにマシな人間さ』


 嘲弄の声は止まない。


『これだけ多くの人間から責められて、まだ自分が真面な人間のつもりとは、その鈍さには感嘆するな。いい加減、理解しろ。お前はもう悔い改めることも、やり直すことも許されない、息をしていることが罪悪な虫未満のゴミだと』


 四方から浴びせられる罵声にクリストファの苛立ちがついに一線を越え、怒りの声と共に念力を解放する。


「貴様らのような無能な平民こそ、社会の害悪だ! 私のような貴い者の踏み台になるしか役に立たない有象無象! この無意味なマンションと共に平らにしてくれる!」


 シールドを張ったクリストファの足元が円形にひび割れ、念力で体を浮かせてその足が地面から離れる。


『ハハ! やってみろ! 我慢の利かない子供のように、癇癪のまま暴れるがいい、小物!』


「下郎がァァァァ!」


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