第18話 祭りの始まり
ゴォォン……!!
ゴゴォォォォン……!!!
続けて響く轟音。
音からして場所は離れているが、方向が違う。
大事故か、あるいは―――。
混乱するクリストファの視界の隅で、レインの横に立つ黒服の護衛が、すぐに彼女の肩を抱いて壁際まで下がるのがちらりと見えたが、今はそれどころではない。
「何事だっ!」
内心の苛立ちに任せて誰何の声を上げる。
レイラが携帯電話を耳にあてながら近寄って来て小声で告げる。
「外の警備隊からの連絡だ。時計塔と大聖堂が爆破されたらしい」
「犯人は?!」
「この短時間で分かると思って聞いてるのか?」
チ、と舌打ちするクリストファ。
やりとりの最中、再び鳴る携帯にレイラが応える。
「……続報だ。銀行が襲われた。複数」
「クソッ……私も街へ出よう。君はここで引き続きVIPの警備と情報の集約を行ってくれ。スターナイツを10人ほど連れて行く」
「了解」
呼ばれたスターナイツが集まってきて、クリストファの前に整列する。
「街を襲撃している犯罪者を掃討する。ついてこい!」
「「「「「ハッ!」」」」」
***
その男たちは指示されたタイミングで金庫室に突入した。
この情報を渡してきた覆面の女は貴族の子飼いであることを匂わせたが、細かく襲撃対象とタイミングを指示してきた。
聞いていたのは聖堂と時計塔を爆破することと、あとは橋を幾つか時間差をつけて落として、スターナイツを分断するらしいという話で、スターナイツと民間警備会社の配置を搔い潜ってスマートに襲撃させてやる、と抜かした。
鉛玉を無駄遣いせずに金だけ手に入れたいだろう?とあの女は言った。
そしてマジで爆破は起こった。
あの女の仲間が準備したらしい銀行地下への抜け穴も、事前に何度も確認して問題は無し。
なんともクールな話だ。
男たちは喜び勇んで『祭り』へ参加した。
爆破して開けた抜け穴から金庫室へ踏み込むとすぐに警報が鳴りだすが、予定通りだ。
確認に来た警備員たちは俺たちの武装を見るとすぐに逃げ出した。
地下から地上へ数人が上がっていき状況を確認したが、建物内には人っ子一人いないようだ。
今日は祝日で、一般職員は休日。
例の式典があるからか、休日出勤の職員もいないようだ。
となれば後は、スターナイツが来るまでに急いで金をかき集めて逃げるだけの簡単な仕事だ。
笑いが止まらない。
ゴゥンンンン……!
「ボス! 抜け道が崩落した!」
「あぁ?!」
***
「地下道Aの崩落を確認。地下道A、クリア。次回着火は橋C、10秒後予定」
「了解」
薄暗い部屋で言葉少なにやり取りする2人の人物。
1つきりのデスクには2台のノートPCが設置されていて、それぞれの前に座って操作しながら言葉を交わしている。
口元を覆う覆面とゴーグルで顔立ちは分からないが、声と体つきから2人は女性のようだ。
少し太めの体形の女がモニタを確認しながらマウスを操作し、エンターキーを押す。
「橋C、着火」
「橋C、着火了解。 ……橋C、崩落確認。橋C、クリア。次回着火は地下道B、7分後の予定」
細い方の女がインカムとメッセージアプリからの報告を受けながら答える。
彼女たちの仲間の工作員と超能力者たちが作った地下道は、十全に役割を果たしていた。
口車に乗った愚かな犯罪者たちは、逃げ道を失って、橋の崩落に誘導されたスターナイツに殲滅されるだろう。
ふぅ、と嘆息する太めの女。
「……銀行強盗を支援して、裏切って官憲に突き出す。……ねえ、アタシら、なにやってんだろ」
「黙って。考えたくない」
***
「レイラ様、指揮所のバーザム卿が狙撃されたそうです!」
「サラン大橋が爆破されて通れなくなったと通報が!」
「狙撃程度であの男がどうにかなるはずがない。放っておけ。……いや、バーザムが大人しくしているはずが無いか。動向の報告とサー・ロートリンゲンへの情報共有を。橋にはスターナイツの小隊と消防をセットで回して状況を把握させろ」
レイラは次々に上がってくるろくでもない報告に逐一指示を飛ばす。
周囲を見回すと、ロビーの不安げな連中と、大股でこちらへ近づいてくる一団が目に入る。
(来たな無能どもが)
「レイラ! 何がどうなっている! 状況を知らせろ!」
唾を飛ばして喚くのはレイラの父、現ブルックス伯爵だ。
周囲には他の貴族が青い顔で、取り巻きのように侍っている。
「……式典会場を一時的な指揮本部とする! 連絡員はそちらへ移動しろ! 皆様方もどうぞ中へ。スターナイツが集まる場所の方が、いくらか安全でしょう。そちらで状況をご説明いたします」
(臆病者どもが)
レイラは内心で毒を吐いた。
***
エリオット・バーザムは笑いながら走っていた。
自身を狙撃した愚か者がいるビルを目指して。
鉛弾を当てたくらいでエリオット・バーザムを殺せると思ったアホに会うために。
「まだそんなアホがいたとはなあ」
撃たれた右肩の出血はとうに止まっており、破れた服を脱いで確認すればもう傷1つないだろう。
スターズを分断するのが目当てかも知れない。
だからどうした?
1人になれば殺せるとでも思ったのか?
さらに笑えて来る。
「思い知らせてやらなきゃなあ」
最短進路上のビルの屋上から跳躍しようと1歩踏み出したとき、内ポケットで振動する携帯。
確認すれば、発信者はクリストファだ。
「どーしたぁ?」
『市街地の制圧には私が参加した。今10人連れて東側の時計塔へ向かっている。お前は狙撃されて飛び出したと聞いたが?』
「ああ、舐めてくれた奴を軽く捻ってくるからよ。手下どもを働かせんのは任せた」
携帯から聞こえる嘆息。
『お前を細かい連携に参加させる気は無い。個別に犯罪者どもを潰して回ってくれ。西側は任せる。報告を怠るな』
「おーけえおーけえ」
携帯の通話を切り、べろりと舌で唇を舐める。
「さあて、鬼ごっこ再開だ」
***
マリアは式典会場のロビーの隅で蹲っている。
ロビーは騒然としていて慌ただしく、ケンタロウとレインとは爆発音のあと、はぐれて周囲には姿が見えない。どこか別の場所へ避難したのだろう。
自分の周囲には、同じように蹲る者、スターナイツに食って掛かる者など、様々だ。
この場の責任者であろうスターズNo.2は、No.1がスターナイツを引き連れて出て行った後、厚いドアを1枚隔てた式典会場へと入り、そこから指揮を執っているようだ。
何人ものスターナイツたちが入れ代わり立ち代わり出入りしている。
高位貴族らしき者たちも数名、状況確認の為か入っていくのも見えた。
「……スターナイツがVIPを守ってるし、この場が一番安全よね……」
そうひとりごちた途端、まるでそれが引き金になったかのように。
ゴォォォォ!!!
少し離れたところにある、隣の式典会場に通じる扉から赤い激しい火炎が噴き出す。
「ギャアアアアアア!」
離れていても僅かに毛先を焼く強力な熱波に、たまらず女性らしくない悲鳴をあげて尻餅をつくマリア。
無様な悲鳴を上げたのがマリアだけではないのがせめてもの救いか。
扉近くに居た者たちは、炎に巻かれて黒い塊になっていて、少し離れていた者も酷い火傷を負って倒れ、呻いている。
未だ炎を噴き出す崩れた会場の扉から、全裸の隻腕の老人が黒焦げの死体を唯一の左手に引きずって悠然と歩いて出てきた。
手にした死体をその場に放り投げ、ボソリ、と呟いた声が聞こえる。
「ブルックス伯爵、並びに伯爵令嬢、討ち取ったり」
***
「すみません! そちらは橋が爆破されて通れません! 向こうへ迂回してください!」
コンラッドは混乱する首都で避難誘導を行っていた。
警備会社勤めの経験から、避難誘導についても一通り学んでいたのが役に立っている。
汗を流しながら声を張り上げ、大きな体で身振り手振りすれば、多くの人は従ってくれている。
その内心もまた汗まみれだ。
(これは人助け、だよな? 汚れ仕事とはかけ離れてる。うん、そうだ。そうに決まってる)
『なぜケンタロウが首都が大混乱に陥ることを知っていたのか』とか『なぜ爆破箇所や襲撃される施設を知っているのか』また『ケンタロウが持っていったセムテックスの行方』については考えないことにした。
ゴゴゥン……!
爆音を耳にして慌てて腕時計を確認する。
脳内でケンタロウから暗記させられた『タイムスケジュール』と照合する。
(東からの爆発音。……時間は……、次はイーストストリートのサンシャイン銀行が襲われるから、その周辺から人を離れさせないと……)
コンラッドは群衆を避けて駆け出した。
怪しい医師に施された手術で強化された体はまだまだ疲労を訴えてこず、その点だけがささやかな心の慰めだった。
***
(スコープ越しに目が合うか。流石は大した視力だ)
強風が吹くビルの屋上からエリオットを狙撃したケンタロウは、狙撃銃を分解し、ケースにしまう。
レインを安全な場所へ避難させ、全速力でここまで来て狙撃を行った。
式典会場のホテルからさほど離れていないとはいえ、常識では考えられない速さである。
女公爵配下の組織が依頼の通りに塔や橋を落としてくれ、切り捨てて問題ない犯罪組織の連中にも声を掛けたため、眼下の街はテロと犯罪の巷と化し、ひっきりなしに緊急車両が走り回っているのが見える。
その騒がしい街中を避け、ビル間を飛んで狂暴極まりない男が風のように走って近づいてきていた。
(来るがいい"ワーウルフ"。地獄の番犬の
***
ゴバァンッッッ!
ソニックブームの轟音が付近を震わせる。
外から銀行のロビーへ凄まじい速さで突入したクリストファの周囲には、衝撃波が吹き荒れ、室内の物も人も全て吹き飛ばされる。
衝撃波が吹き荒れた後には、何人もの銃で武装した黒ずくめの男たちが吹き飛ばされて呻きながら倒れ、直撃を受けた不運な目出し帽の男は無残な姿で即死していた。
高速移動中のクリストファが張ったシールドは摩擦で瞬間的に赤熱し、離れた場所から見ても、常人にはその赤い軌跡しか目で追うことができなかった。
念力でシールドを張り、音速を超える速度で飛ぶなど、まさに超人。
それは外で待機していた若手のスターナイツの目から見ても常軌を逸した強さだ。
休日なのが幸いして建物内部に職員はおらず、警備員も発報後、すぐ避難していて、武装した犯罪者しか建物内にいないからこそできた荒業だ。
さらに幸いなことに、逃げ遅れた周辺の一般人や野次馬も少なかった。
奥に潜んでいて無事だった犯罪者が散発的に銃撃を行うが、クリストファのシールドを貫けず、クリストファが速度を抑えて体当たりしただけで吹き飛ばされて無力化される。
「なんだ、サー・ロートリンゲンが戦うのを見るのは初めてか?」
「あ、ああ……。さすがはクリストファ様だ……」
「民衆どもが"フェニックス"と呼ぶのも頷けるよな。今の俺たちの仕事は犯罪者どもの拘束と完了連絡くらいさ。ほら、お仕事だ、行くぞ」
スターナイツの若手隊員は慌てて先輩隊員に続いて銀行へ突入し、呻いている犯罪者のところへ駆け寄って、拘束作業を行う。
制圧を終えたクリストファは悠然と歩いて戻り、汗一つかかずにスターナイツへの指示出しに移っている。
「この銀行はもう大丈夫だろう。他の襲撃について通信で確認しろ。複数の集団による同時多発的な犯罪だ。情報を吐かせる。生き残りがいれば手当てしてやれ」
「ハッ」
「サー・ロートリンゲン! 式典会場からの通信が途絶えました!」
「チッ! あちらも狙われたか!」
ピリリリリ、ピリリリリ。
クリストファの服から携帯端末の呼び出し音。確認すれば、発信者は狙撃者を追っているはずのエリオットだ。
「どうしたバーザム! 今、こちらは忙しい!」
『聞けよ。面白え奴が現れたぜ』
「何を言っている?!」
『クロウだ。間違いない。追い詰めてもう一度殺す。終わったら連絡する』
ブツ。ツーツー。
バーザムは言うだけ言うと、通話を切った。
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