第9話 墓参とドレス
街はずれのさびれた墓所。
風が冷たくなってきた時期の人気のない墓所は、よく清掃されて陽当たりも良いが、同時に漠然とした寂しさが漂っている。
緑の芝生の中、背の低い石碑や石の十字架が整然と並ぶ中にある、目立たない1つの墓。
そこに参る男女2人が手向ける花束は、優しく温かい色の花々が選ばれている。
その墓に眠る彼女が好きだった、砂糖をたくさんまぶしたドーナツも、店の紙箱に入れられたまま墓前に供えられていた。
「やあ、久しぶり、ミッシェル」
ケンタロウが墓に語り掛ける。
墓石には、控えめに彼女の名が彫られている。
「5人のうち2人は済ませたよ。君と同じところには、行ってないだろうけど」
淡々と報告するケンタロウの横で、レインは目を閉じ、黙って手を合わせている。
ケンタロウの故郷の墓参の作法に準じているらしい。
ケンタロウの声に、わずかに感情が混じる。
悲しみ、悔恨、怒り、懐かしさ、そのいずれをも含んだ、いずれにも分けがたい、ごくわずかな声の揺れ。
「君は僕に会いたくないかもしれない。僕を見ると、嫌なことを思い出させてしまうかもしれないしね。いろいろ文句もあるかもしれない。でも、もう、君の少し早口な話を聞いてはあげられないから……僕はこれからも、僕のやりたいようにするよ。僕も多分、もう君がいるところへは行けないから……残りの連中も済ませたら、またここに報告に来る」
ケンタロウが口を閉じ、語り終えたのを察して、レインはゆっくりと目を開く。
大袈裟すぎない、ほんの少しだけ膝を曲げた柔らかいカーテシー。
「初めましてミッシェルさん。レインと言います。ファミリーネームは嫌いだし、そのうち変わるので省略しますね。今はケンタロウ・クサカベと名乗っている、この人の妻です」
あきれ顔のケンタロウが肘で軽くレインをつつく。
「この人のことは気にしないでね。ご存じと思いますけど、シャイな人だから。その時が来たら、この人は私が責任を持ってそちらへ連れていくので、文句はその時、受け付けますね。どちらが正妻か、正々堂々と決着をつけましょう」
「僕とミッシェルはそういう仲ではなかった、と、いくら言っても聞かないんだ」
「……心中お察しします。いつかとっちめてやりましょう」
2人が互いを見やって同時に嘆息すると、秋から冬に変わる時期の冷たい、けれどもどこか柔らかな風が落ち葉を揺らし、吹きすぎた。
『クロウ君はなんにもわかってないよっ』
その優しく感じられる風が、呆れたミッシェルの嘆息のように感じられて、いつかの彼女の口癖を思い出し、ケンタロウの口から苦笑が漏れる。
そのケンタロウの顔を見上げたレインは墓石へ向き直り、再び頭を下げる。
「……また来ますね」
2人は墓所を後にした。
木々の間から差し込む明るい秋の光が、手向けられた花を照らしていた。
◆◆◆
墓所の駐車場に停められたシルバーの高級車に乗り込んだ2人は、街はずれを後にする。
工業製品に定評のある他国製の高級セダンは、滑らかに走り出す。
もちろん車はペンドルトン家の所有で、運転はケンタロウだが、通常ならば後部座席に座るべき彼の護衛対象の令嬢は、助手席に座ってドーナツを頬張っている。
墓に食べ物を備えて置いておくことは禁止されていたため、供えた後に持ち帰ってきたそれを、手づかみで食べ、指を舐める。
ここに令嬢の礼儀作法についてとやかく言う人間はいない。
「ねえ、その顔、好きじゃないわ」
ケンタロウは現在、眉骨と頬骨を強調する特殊な変装を施していて、レインの知る素顔とはかなり印象が異なっている。
奥まって見える目は細く、全体に与える印象は『地味』だ。
「君以外の人間に、素顔を晒す気は無いよ」
「あら。あらあら」
レインはもぐもぐしながら、薄っすら赤らんだ頬に両手をあてている。
何やら都合よく解釈したらしいレインをちらりと見て、ケンタロウは藪蛇を避けて今日の予定を尋ねる。
「……今からドレスを受け取りに行くんだよね?」
「ええ。招待された式典に着ていくつもりのものよ。ついでに貴方に装飾品を選んでもらうからそのつもりでいてね」
「……初耳なんだが」
「プレゼントしろなんて言わないわ。貴方が選んだものを身に着けて行きたいだけだから。貴方の妻を綺麗に飾って欲しいわ」
「……善処するよ」
先ほども思っていたが、どうもレインの中では今朝からケンタロウの妻にランクアップしていたらしい。
昨日の昼までは自称、恋人だったはずなんだが。
周囲の景色に背が高いビルが混じり始める。
ファッションビルの駐車スペースに乗り入れ、車を降りたケンタロウは、レインの後ろに続いてエレベーターに乗り込み、目的地の高級服飾店へ足を踏み入れる。
色とりどりの女性用の礼服、ドレス、宝飾品や靴などが展示され、トータルコーディネートが可能な店だ。
初めての来店時には紹介が必要な店であるが、すでにレインは覚えられているため、微笑む店員に奥へ案内される。
そこには予定通り、レインの後見人代理のミス・マリア・スミスが既に来ていた。
「探偵、もう少し早く来れなかったのですか?」
ゆるやかなシニヨンでまとめた濃い金髪、結び目には青い花のアクセサリが目を引く。
シャープな形状の眼鏡、体のラインがはっきりと出る藍色のフォーマルスーツが弁護士という職業にはよく合っている。
顔立ちは整っているが、固い表情と眉間の皺が狷介な印象を与える。
ただこれは、単純にケンタロウ・クサカベという怪しげな人間が、自身の雇い主のお気に入りである、という事実が気に入らないことも、多分に関係しているだろう。
「時間通りよ、ミス・スミス」
ケンタロウを睨むマリアを、腰に片手をつき、顎を上げたレインが窘める。
マリアは引かず、さらに言い募る。
「余裕をもって着くよう行動するべきです。私は15分前からここで待っていました」
「それは立派だけど、あなたのポリシーの押し付けよ。店に予約した時間の5分前に着いているのに叱責される謂れはないわ。不愉快です」
「……」
「ケンタロウに謝罪なさい、ミス・スミス。貴女が私の教育係の一人を自任するなら、誤りは正しなさい。それとも貴女のその主張は、ステュアート公爵家の代理人としての言葉ですか?」
「っ……」
マリアが非公式の、公爵家の代理人であることは互いに認識しているが、こんな些細なことで勝手に公爵家の代理人を名乗れる訳もない。
マリアは細い眉をしかめて無言のままレインと睨みあう。
ケンタロウがレインに声を掛ける。
「ミス・ペンドルトン。口先だけの謝罪など不要だ。それよりさっさと服を受け取って帰ろう」
「……貴方がいいならいいわ。でもミス・スミスは店から出て行って」
「ミス・ペンドルトン!」
顔を赤くして声を荒げるマリアに、レインは冷たく言い捨てる。
「貴方がロウに理不尽な無礼を働いたのはこれで5回目よ。改まらないようなら、貴女の私に対する態度をステュアート家に報告します。貴女が表向きは誰に雇われているのか、1人でよく考えなさい」
拳を握りしめ、ケンタロウへ怒りの籠った眼差しで一瞥をくれてから、マリアは靴音高く店を出て行った。
「ごめんなさいね」
「問題ない」
レインは恐る恐る近づいてくる店員に笑いかけながら、ケンタロウと言葉を交わし、奥のトルソーに掛けられたドレスを指さす。
「あれが私が注文していたドレスよ。調整が少しあるそうだから、その間にあのドレスを着た私に合いそうなアクセサリを見ていてね」
「……分かった」
ケンタロウはレインに聞こえないように小さく嘆息した。
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