第2話 強き女

 リアーナ・アーシュタインは強い女だったと、後に語る人物は多い。


 公爵令嬢として育ち、ステラフィルト王国の第二王子と婚約もしていた利発で魔力も豊富な本当に美しい女性だった。しかし、公爵家の彼女の評価は少し違う。


「彼女はとても美しい人でした。しかし、それ以上に強く、優しい人でした」


 多くの者達がそう語る。


 リアーナは魔女の才もあり、セプテンタリア大陸中北部にある深淵の森に存在する魔女からも我らが塔に来いと言われたほどに高い魔力を持ち、ステラフィルト王国では聖女との噂が立つほどであった。故に彼女は裸同然で捨てられたとしても、生き残る事が出来たと言えるだろう。


 公爵家では愛情深く育てられ、どこかおっとりとした雰囲気もあるがとても芯が強く、実のところ、ステラフィルト王国での生贄の件は彼女が自ら志願した話でもあった。国王は泣いて喜び、親友でもあった王女は絶望した。


 後世の研究ではリアーナ・アーシュタインが勇者の子を成したのは魔女の才があったからという研究もあるが、その真実は分からない。


 かくして、リアーナ・アーシュタインはエアリアスの街で生活の場を整える事に成功する。これも後世の研究において、旧公爵家の人間が匿ったのでは無いかと言われているがよく分かっていない。


 非常に難産だったらしいが、リアーナ・アーシュタインは玉のような女の子を生む。


 名前をティナ・アーシュタインと名付けられ、リアーナは彼女に全ての愛情を彼女に注ぎ込むように彼女は一生懸命生活した。公爵令嬢だったことを感じさせないくらいに街に馴染み、市井の人と同じような働いた。


 エアリアスの街は観光街ということもあり、リアーナは小さな宿の女中として勤め、貧しいなりに親子二人で幸せに暮らしていた。


 ただし、このような美人を放っておくような世の中では無いのだが、リアーナはとても賢い人で美人なのは確かだった。彼女は綺麗だった髪の毛もワザと荒れさせ、着る物も地味でボロな物をあえて着て、言葉遣いも上流階級では使わない言葉を多く使い、市井に溶け込む事に成功していた。


 これに関してはティナは不満だったけれど、リアーナは自分の生活ではそんな贅沢を望んではいけないと厳しく言い聞かせた。


 そんな幸せな生活であったが、リアーナに忍び寄る影には誰も気が付かなかった。


 ティナが8歳になった頃、歓楽街近くの貧民街にある私塾にリアーナが務める宿に勤めている若い男が焦った風に私塾で勉強中のティナを呼び出した。


「ジョニーさん、どうしたの?」


 アリシアは銀色に近い金髪を後ろに束ねた髪を揺らして若い男にそう言った。ジョニーはティナを見て、呼吸を整えてからしゃがみ込んでティナと目を合わせる。


「ティナちゃん、よく聞いてね。リアーナさんが仕事中に倒れたんだ、今は宿の部屋で寝ているけど……」


 と、ジョニーは言い淀んだ。ティナは不安になりながら、私塾の先生に謝った後に急いで宿へ向かう事にした。


 エアリアスの街は広いように見えて意外と面積は無い。それは街の権力者や観光の為に作られている施設や宿などが多い所為もあるが、街そのものが遺跡の上に作られている為によく分からない建築物が各所に点在している事が最もの理由である。


 その中で特に貧民街の広さは最も狭く街の中の区画でいえば、ふた区画分しか無いので、小柄なティナが走っても直ぐに着くくらいに狭い。


 ティナは急いで安宿に入ると、年齢不詳の女店主に自身の母の安否を尋ねた。


「アンリエッタさん、お母さんが倒れったって……」


 年齢不詳の女店主アンリエッタは普段のお道化た感じを一切感じさせない表情で私を母のいる部屋へ案内してくれた。


 部屋に入ると、とても綺麗な人――って、お母さんだよね。


 いつもと雰囲気の違う母が眠るベッドに駆け寄り、ティナはアンリエッタさんの方へ視線を向ける。


「私のお母さん……ですよね?」

「ええ、間違いなくティナちゃんのお母さんのリアーナさんよ」


 ティナは不安そうに再び自身の母親に目をやる。普段の母親に比べてやはり、とても綺麗で儚い雰囲気の女性が自身の母親であると確信はあるけれど、どうしてこうなっているのか分からなく自身が混乱しているという事だけは確かだった。


「リアーナさんのプライベートに関わることだから、私がティナちゃんに話してもよいか……分からないけど、ひとつ言える事は彼女は立場や見た目を偽らなければいけない理由があった……と、いうことよ」

「わかんない……わかんないよ……」


 ティナはそう言って死んだように眠る母親に向かって涙を流す。なぜこんな事になっているか、当然、まだ幼いティナに分かるワケは無く彼女は只々不安に押しつぶされそうで泣くのであった。


 しばらく泣いて、辺りが夕日の陽が差し込む頃になりリアーナは意識を取り戻す。そして、傍には泣き崩れて眠ってしまっている自身の娘がいた。


「起きたか――」

「!?」


 リアーナは驚きを隠せず思わず身を固くする。声を掛けられその者がいる方を向いた瞬間――時が止まったからだ。


「魔女……」

「そうだ、魔女リアーナ・アーシュタイン」

「私は以前にお断りした筈ですわ。北の魔女様」


 彼女が十代の頃に魔女の塔へ来いと誘われた時にやって来た魔女が目の前に居た。魔女はその時と変わらぬ年恰好でリアーナは奇妙な気持ちになるが、すぐに魔女とは如何な存在か思い出す。


 魔女は特定の血筋に含まれる因子によって発現する特殊な物で、魔女となると、肉体の時が止まり不老となる。死という概念に関しても魔女は他の人間とは別になり、簡単には死ねなくなる。


 ふと、彼女は北の魔女が自分の事を魔女と呼んだ事に首を傾げる。


「不思議そうな顔をするとは……自覚が無かったのか? お前は既に我々の仲間であり、悠久の時を過ごす魔女である。その姿からすると、以前に私が塔へと誘った頃より十年は時が過ぎているな」


 彼女は静かに考える。ティナを生んだ時には既に私は魔女として人では無くなっていた――と、いうこと?

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