クズな勇者の娘に生まれましたが、頑張って生きていきます!

もいもいさん

序章

第1話 街の支配者

 セプテンタリア大陸南方に位置する観光都市エアリアス――


 数々の遺跡とダンジョンによってバーシェット共和国内でも非常に栄えている街である。しかし、その一方で最も危険な街としても有名だ。それは現在の勇者であるジェスタ・ノクテリアがエアリアスを根城にしているからだ。


 約10年ほど前、勇者ジェスタ・ノクテリアは突如として冒険を止め、エアリアスに居を――貴族の家を乗っ取った――構え、活動拠点として暮らすようになった。元より彼の素行は問題視されており、各国は彼の扱いを災害として捉えるようになっていた。


 そんな男が特定の街に居着いてしまう――いや、正確には彼が街の支配者と君臨したのだ。迷惑な話ではあったが、他国や他の都市からすれば、ウチじゃなくて良かったと皆喜んだという。ハッキリ言ってエアリアスの住民からすればとんだ迷惑なのだが、そんな事は彼にはどうでもよかった。


 勇者とは一万の兵に勝る人間兵器である。世界というシステムが勇者と魔王を生み出し、長い年月を掛けて戦う事が定められている世界なのだ。


 ある意味で言えば、魔王が現存している戦時の方がマシなのかもしれない。魔王がいなくても勇者という存在は世界に在り続ける。これが理なのである。


 そして、現在、世界中のどこにも魔王は存在しない。世界は人間同士の争いはあれども、魔族や魔人と呼ばれる者達はセプテンタリア大陸で言えば北の地に引き籠っており、人間の活動圏で見られたという報告はどこにもない。そう、いたって平和な時代である。


 故に、勇者の存在というのは異質であり、異常である。


 いや、子供達に語り継がれるような、出来た人間であれば――きっと問題は無かっただろう。ジェスタ・ノクテリアという人間は本当に最低な存在なのだ。勇者というのは栄光と正義の象徴であるハズが、腐敗と暴力の象徴といっても過言では無い。


 彼に人生を狂わされた人がどれくらい居ただろうか?


 確実に言える事は数百などという数字では語ることが出来ないほど、彼は殺し、犯し、貪り、貶めて来た。彼は自らの快楽や自己満足の為に平気で人を騙し、陥れる。また、欲望のままに暴力を使い、男であれば殺し、女であれば犯した。


 不幸な人という意味で最も不幸な者がいた。彼女は勇者の娘という、本来であれば羨望の眼差しで見られてもおかしくない筈であった。しかし、ジェスタ・ノクテリアの娘という悲惨な立場でこの世に生まれてきた。


 ひとつ、幸運な事があるとすれば彼女の母親であるリアーナ・アーシュタインという人物が非常に良くできた人間であった。


 リアーナはバーシェット共和国の隣にあるステラフィルト王国という小国の公爵家で大切にされていた姫君でジェスタに全てを狂わされた不幸な人でもあった。


 人間としてはドクズであっても勇者としてはソコソコに優秀であったのがこの世の不幸と言える。


 ステラフィルト王国では古い遺跡が幾つか存在しており、古い遺跡には超難度の危険なダンジョンがある事が多く、ステラフィルト王国でも定期的に大規模なダンジョンへの魔物討伐を行っていた。


 しかし、その年のダンジョンへの魔物討伐は大変な被害を出して失敗した。そして、巨額の金を使い勇者ジェスタ・ノクテリアを招聘して魔物討伐を成功させる。


 ジェスタ・ノクテリアは巨額の金を手に入れたワケだが、クソ野郎のジェスタ・ノクテリアが金くらいで満足する事など無かった。当然、別の目的があって彼はこの依頼を受けたなどとステラフィルト王国は考えもしていなかった。


 彼がさらなる報酬として要求してきたのはステラフィルト王国でも有名な美姫であるファラウェイ王女であった。しかし、彼女は隣国のクランベルト王国の第一王子へ嫁ぐことが決まっていた。流石に勇者と言えど、そこまでの要求にステラフィルト王は怒り狂ったがジェスタ・ノクテリアは臆する事も無く王宮の一部を破壊する。


 そして、生贄にされたのが王族の血が流れ、ステラフィルト王国内でファラウェイ王女と並ぶほどに美しく有名であったリアーナ・アーシュタイン公爵令嬢であった。ステラフィルト王国が後に滅んでしまう切っ掛けと言っても良い事件であり、如何に勇者という存在が異質であるかを物語るに相応しい珍事だった。


 無理やり捕えられ、手足を拘束されたリアーナは王城の謁見の間で勇者の前に引き出される。そして、あろうことかステラフィルト王国が勇者に土下座をしてこう言ったのだ。


「代わりにこの娘を差し上げるので、どうか我が娘だけは……来月には隣国の王太子の元に嫁ぐ我が娘だけは勘弁頂きたい。この者は我が娘と並ぶほどに美しく、血筋も王家とほど近い公爵令嬢で御座います。それに……我が娘より肉質もよく、貴方様はきっと満足出来ると思います」


 王が跪くどころか土下座をして、自分の娘の代わりに親戚の娘を生贄にしたのだ。この時、アーシュタイン公爵は血の涙を流したと後に伝えられている。あまりの情けない姿を晒した事に勇者ジェスタ・ノクテリアは満足気に笑い、リアーナを担いで城を出て行くのであった。


 リアーナの人生は生贄にされた時から転落しか無かった。しかし、彼女は強く、そして、美しかった。ただし、ジェスタ・ノクテリアにとっては一時の快楽を得るための道具でしか無かった。故に彼女の妊娠が発覚したとたんに屋敷から放り出し、捨て、別の女へ興味を向かわせた。


 ジェスタ・ノクテリアはリアーナが妊娠した事に非常に驚いたという逸話が残されている。それは彼が多くの女を犯してきたが、誰一人として子が出来たという話を聞いたことが無かったし、囲っていた女達の中でも誰とも子を成せていなかったからだ。


 周囲はリアーナが妊娠した事をジェスタに「おめでとうございます!」と言ったが彼は不快な表情を浮かべ激怒する。伝えに言った従者は主人の突然に怒りに驚き呆然とするが、その後、彼に斬首されこの世を去る。ジェスタは戸惑いもあったが、最も気にくわなかったのがリアーナを犯すことが出来なくなる事だった。


 そして、彼が選んだ選択肢はリアーナを捨てる事だった。

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