伍章-剣の矜恃

WALK IT NOW!

 明朝、滝澤一行は旅館を発つべく玄関に並んでいた。来た時とは真逆の表情でそれぞれが立っている。


「出られるのですね」

「ああ、ルーズ達によろしく伝えて欲しい。アルバートぶっ飛ばしたら手紙でも送るぜ。お世話になりました」


 滝澤は礼を告げて玄関を出る。そんな彼を待ち受けていたのは超重力の降雨だった。


「ぐえぇぇぇぇ!!!!????」


 地面に伏すこととなった滝澤を店主は見下した。厳格な彼の雰囲気に着物はよく似合っている。それはそれとして、出会い頭に重力を降らされるとは滝澤も中々ツイていない。


「挨拶も無しで発つとは中々肝が座っているではないか、空佐君。カエルのように潰されたいのかな?」

「な、何の用ですか。俺はナスカを助けに……」

「そのナスカ君の事だ。彼女を助けるなら、彼女に付いて知っておくべきだろう」


 店主はクイ、とメガネを上げ、重力を解いた。


「ナスカの……?」


 超重力から解放された滝澤は地面に突き刺さっていた木刀を支えに立ち上がる。突然地面に落ちた滝澤を心配して駆け寄ってきたヴィルとルナも並んだ。


「そうだ。ヴィルの話では、ナスカ君はアルラウネ族という話だったな?」

「ああ、本人もそう言ってたのだから間違いない」


 訝しげな表情を浮かべながらもヴィルは答える。話の行き先はまだ読めない。


「では、滝澤君……はよく知らないだろうから代わりにヴィル。アルラウネの特徴を答えてくれ」


 やれやれといった調子でヴィルは頷いた。生徒の少ない教室では同じ生徒がよく当たるものだ。


「アルラウネはまず……二本の角が生えてるだろう、そして木の精霊である彼女らは木に関わる魔法や武器を使う。……ん?」


 滝澤・ルナ・ヴィルは揃って気づく。ナスカ、その要素を一切満たしていない。土魔法と回復魔法しか使わず、角も一本のみ。


「幼齢期特有のもの、では無さそうだよな。アルラウネの里では小さいヤツらも二本生えてたし」


 アルラウネの里で一晩を過ごしながら違和感に気が付かなかった滝澤が呟く。


「木の魔法を意図して使わなかったことも考えられるが、理由も分からん。散々強いのと戦ってたからな」


 アルラウネの特徴を羅列できる知識を持ちながら一切の疑念を抱かなかったヴィルが首を傾げる。


「ナスカはアルラウネじゃないの?」


 幼女、罪無し!!!


「そうだ。しかし、私は彼女の正体を推測できない。だから彼女と再会した時、君達は最大限の気遣いをしてあげなさい」


 歩み寄ってきた店主はぽん、と滝澤の肩に手を置き、背後へと消えた。滝澤が振り返った時、既に彼の姿は無く、女将がこちらに手を振っていた。


「おっさん……ヤバすぎだろ」


 呟いた滝澤の背中を重力波が押し、滝澤はよろめく。


「ふふ、昔から変わらんな。滝澤、この旅が終わったらまた旅館と喫茶店に寄ろう」

「ああ、そうだな。ルナもその頃にはコーヒー飲めるようになってるから」

「え、本当に!?」

「ナスカは知らんけどな、はは……」


 街を出た刹那、一同の顔つきが一斉に変わる。戦いに向かう戦士の顔である。


「ヴィル、ルナ。予定通り行くぞ」

「任せろ」


 鎧の胸をパン、と叩いたヴィルは剣を抜き、天空に向ける。


「簡易結界・アロンダイト!」


 漆黒の剣が朝日を受けて煌めく。剣先から放たれた光が天に昇る。

 聞き覚えのある耳障りな羽音が森の方から近づいてくる。いつかワイバーンの森で遭遇した巨大蝿、デビルフライだ。


「墜ちろ!〈夢幻封影〉」


 ヴィルのスキルによって幻覚の中へと落ちたデビルフライは前回とは違い、旋回しながらゆっくりと、さながらヘリコプターのように地上へ降りてきた。

 風圧に耐え(ルナは滝澤の後ろに隠れ)、一同はデビルフライの背に飛び乗る。


「飛び立て!」


 ヴィルの掛け声でデビルフライが飛び立つ。幻覚の雌を追い、デビルフライは城の方向へ飛ぶ。


「頼むぞ、私の体……!」


 ヴィルは目を瞑り、意識を集中させた。一瞬でも気が緩めば幻覚は解けてしまう。上空から振り落とされた場合、ルナでは二人を地上まで運べないだろう。


「ヴィル、頼むぜ。お前が頼りだ」


 出発前に掛けられた言葉を想起し、気合いを入れる。幻覚に集中するヴィルの前に滝澤は背を向けて立った。


「……護るからな」


 ヴィルの気を逸らすことないよう、小声で呟いた滝澤は木刀を構える。フラフラと飛ぶ虫など鳥類に取っては恰好の獲物でしかない。即席のフックとチェーンで身体を固定した滝澤は飛来する嘴を迎え撃つ。

 フラフラと移動する足場の上で尚、滝澤は難なく木刀を振るい、鳥類を退ける。空気抵抗すらも計算に入れての立ち回りにルナは舌を巻いた。


「ふぅ……」


 息をついた滝澤の顔に雲が張り付いた。この高度では水蒸気による雲は有り得ない。


「滝澤ー!」


 ルナが発生させた風弾によって滝澤に(も多少ダメージは入ったが)張り付いていた雲は剥がれる。


「ありがとうルナ……!ヴィルは気にすんな!こっちで何とかするから!」


 ヴィルが集中を崩したことをデビルフライの不審な挙動で見抜いた滝澤は叫ぶ。すぐさまデビルフライは体勢を立て直した。信頼の賜物である。


「この数……ぜってーあのメイドだろ」


 滝澤はデビルフライを取り囲む無数の雲型モンスターを睨んだ。恐らく何らかの方法で滝澤達の急襲を察知したアルバートの指示、若しくは常日頃から城付近を警備させているのだろう。もし、急襲が察知されていたなら作戦は失敗である。


「ヴィル!スピード上げてくれ!」

「分かった!しっかり掴まっていろ!」


 全身に掛かる風圧が一段と強くなり、滝澤は甲殻を掴む。下僕を倒してもアイラに察知される。ならば振り切るしかない。

 徐々に城壁が見えてくる。


「ヴィル、降下ぁ!」


 叫ぶと共に滝澤は二人を抱き抱えた。


ドゴォォン……!!!!!


 デビルフライ、城壁に突撃。ルナの足を掴み、滑空するように城壁の上に降りた滝澤一行だが、落ち着く間もなく鎧蜥蜴の群れが襲い来る。


「早速お出迎えか……って、ちょっとテンプレっぽくて嫌だなぁ。お勤めご苦労!」


 連戦に次ぐ連戦で軽く疲弊していた滝澤は逃走を選択。三人仲良く城壁の反対側へと逃げる。


「滝澤!ここからどうする!?」

「考えてない!こんなに居ると思わなかったの!」


 前方からも迫ってくる鎧蜥蜴を見て滝澤はアイラの能力が予想以上であったことを知る。城一つの警備が出来る量のモンスターを使役するのは一介のニンゲンには到底不可な芸当だ。


「滝澤!橋ある!」


 ルナが低空飛行で矢を避けながら滝澤に呼び掛ける。城内に繋がる橋が右に存在していた。


「飛び込めぇぇぇ!」


 滝澤が城への扉を開き、ヴィルとルナが飛び込む。先頭の鎧蜥蜴を転倒させた滝澤が最後に扉の鍵を閉め、一旦周囲は静まった。


「あーあ、今ので完全に気づかれただろうな。さっさとナスカのところ行かねぇと」


 背後の扉が軋みだし、滝澤達は慌てて城の中を進み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る