英雄再誕
「え、誰の話してる?」
滝澤は耳を疑う。
「三年前のアルバート様です。しかし、二度とこの旅館を尋ねることはありませんでした。それからかの方の悪い噂が幾度と無く流れてきました」
「おそらく我々が……いや、滝澤が相手取ったのは旅館を訪れた後のアルバート。双子か?」
双子が成り代わっていた。という展開は割と見られる。滝澤はそれをトリックとは認めない派だが。
「そのメイドも双子ということか?」
「……あれ?確かに、流石にメイドなら主人の見分けくらい付きそうだよな」
謎は尽きない。アルバートについて詮索しても埒が明かないことに気づき、対策会議を並行して行う事にする。
「じゃあ、俺が戦ったアルバートの話を聞いてくれ。女将さんの知ってるヤツと少しでも違えば教えてほしい」
青髪、少年、魔法使い、背中から剣、瞬間移動。途中から女将の顔が険しくなったのを滝澤は見逃さなかった。
「この旅館に泊まりに来た際、アルバート様は反対派だったルーズと戦いました。勝負はアルバート様の圧勝に終わりました。ですが、瞬間的な移動や剣を使ってはおりませんでした」
滝澤達一行は顔を見合わせる。
「では、別人、あるいは新たに身に付けたという事になるが、後者の可能性は低いだろう」
「じゃ、問題なくぶっ倒すってワケで会議続行。剣はアイツの体から生えてきてた。本人も言ってたけど、錬成魔法とかその辺じゃねぇかな」
「お待ちください!本気で戦う気なのですか!?」
女将が割って入る。滝澤の猪突猛進ぶりに半ば唖然としていた。
「え、当たり前だろ。ナスカ取り返さなきゃいけないし」
「そうだ、仲間を奪われてそのままでいられる我々ではない!」
「ナスカは仲間!」
声を揃えてリベンジを誓う滝澤一行に女将は絶句する。今までのニンゲンには見られない熱を彼に認めたのだ。
「であれば……経営者として、お客様の情報を渡す訳にはいきません。ですが、盗み見られたとなれば仕方ありません。おっと……」
女将は懐から取り出した台帳を開き、滝澤達の前に落とした。思わず滝澤は台帳を覗き見る。人間の好奇心というものはある意味愚かである。
「ヴィル、地図持ってるか?」
「もちろんだ」
ヴィルが投げ渡した巻物をノールックでキャッチした滝澤は巻物を広げる。旅館の周囲一帯を写した地図でアルバートの居城を確認した滝澤は台帳を拾い上げ、女将に手渡す。
「落としたよ、女将さん」
「ありがとうございます。中は……」
「見てませんよ」
よそよそしいやり取りを終え、女将と滝澤は向かい合う。両手を重ね、女将は頭を下げた。
「今晩はどうぞごゆるりとお過ごしください。そして、何卒真実を解き明かしてくださいませ」
木刀を肩に乗せ、滝澤は頷く。
「任せろ。俺は魔王になる男だからな」
女将は部屋を出ていった。再び車座になった一同は床に広げた地図を凝視する。
「書いていい?」
「いーよ」
ルナの許諾を得た滝澤は地図上の一点に印を付ける。周りを堅固な城壁で囲まれた城は難攻不落のように思えた。
「さて、俺が言いたいことは分かるな?」
「「?」」
滝澤の小ボケは首を傾げた二人の間を抜け、窓の外へ消えていった。ナスカが居ればおそらく「分かるわけないでしょ!」とツッコミが入ったのだが。
「このまま無策で突っ込んでもやられるだけだ。だが、俺達には……秘密兵器がある!」
蝋燭の形をしたモンスターがテーブルの上を闊歩している。アルバートはその一匹を摘みあげると、息を吹きかけて火を消した。
「悪戯しないでください」
「俺の勝手だろう。それに、お前の召喚したモンスターだろう。死んだらまた呼び出せば良いだろう」
「召喚は自由意志です。酷使すれば呼び出しに応じてくれません」
アイラは他の一匹を掴み、火の消えたモンスターに火を分けた。扱いに関しては対して違わないのではないかとアルバートは思う。
「それで、俺のフィアンセは起きたのか?」
アルバートの問いに答えるように部屋の扉が開いた。黒い花嫁姿のナスカがその場に立っていた。
「一応、着たけど……これ着て何の意味があるのよ」
「ふん、反抗的な態度は変わらんようだな。だが、俺はその方が好みだ。美しい」
「うつ……」
ナスカは唐突な褒め言葉に籠絡されかける。改めて自身の格好を見れば、まるで自分のために仕立てあげられた服のように感じた。
「お前はこの城で暮らすことになるのだ。相応しい姿で、相応しい生活を過ごしてもらう。だが、まずは夫婦の誓いを立てねばな」
アルバートはグラスを傾けた。部屋の中はまるで式場のように整えられている。赤と黒が異常に強調されていることを除けば。
「……滝澤は無事なんでしょうね?」
アルバートと滝澤が刃を交えたその時、ナスカはアイラによって眠らされていた。拠って、彼女は決闘の結末を知らない。ただ、今こうして彼女がここに居るということは……。
「どうでしょう。アルバート様が再起不能なレベルで殴り続けましたからね」
「っ……!?」
ナスカは唇を噛んだ。約束を破られた事よりも滝澤が敗れた事が衝撃的だった。
「いや、あの男は戻ってくるだろうな。お前を取り戻しに。正義の味方というのはそういうものだ」
ニヒルに笑い、アルバートはワインを飲み干した。
「タキシードにはまだ早い。俺は少し眠る。悪の矜恃として、本気で応対してやらねばならんのでな」
グラスをテーブルに置き、アルバートは立ち上がる。来るべき宿敵に備えて、今はただ、待つ。それがサン・アルバートとして出来る唯一の事だった。
Now Lording……
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