エキドナ温泉
「へぇ、エキドナ温泉……。名前的にルーズと関係あったりする?」
滝澤は身の丈の2倍はある看板を指差して言った。看板の文字はなんだか生き物の血のようなもので書かれている気がしなくもない。
「おお、そうだな。じゃ、俺はこれで……」
ススス……と逃げるように旅館から離れていくルーズ。不自然な挙動の彼女を訝しんでいた一行の背後からしっとりとした気品のある声が聞こえてきた。
「あら、ネイくん。お友達かしら?」
ネイが慌てて振り向く。とぐろを巻いて柔らかな視線を投げ掛けてきたのは着物を着たナーガだった。
「お久しぶりです。店長に彼女らをもてなせと言われまして……」
ひどく恐縮した様子でネイは頭を下げる。
「ハーピィちゃんにアルラウネちゃん、ヴァンパイアさんに……それと、ニンゲン君。初めまして、私はこの旅館の女将です」
一行の間をスルスルと握手して回るナーガは滝澤に巻き付くと、直したばかりの滝澤の角を外してしまった。
「─!」
「暴れないで。傷つけませんから。あら、お客様、逞しいモノをお持ちのようで」
滝澤を締め付けながらナーガの長い体が回る。すったもんだを繰り返し、いつしか滝澤の体はとぐろの中から腕を出すのみとなってしまった。
「ちょ、待って!?そこは違うじゃん!変なとこ触んなって!」
目の前で何を見せられているんだと言わんばかりの冷えた視線を投げかけられているのに気付いたナーガは滝澤を解放した。
「お客様同士のトラブル防止のため、こちらは一時的にお預かりさせていただきますね」
滝澤から離れたナーガは木刀を片手に「どうぞ中へ。」と旅館の中へと入っていった。
「あのでかい方のナーガ、態度には出してないけどやっぱりニンゲン嫌いなのね」
まるでダンシングポーズのような形で倒れた滝澤をナスカ達が運ぼうとしていると後ろから割り込んできたルーズが滝澤を背負って旅館へと進み始めた。
「……?戻るんじゃなかったのか?」
ヴィルの首を傾げての質問にルーズは苦虫を噛み潰したような顔で振り向いて言った。
「ヴァンパイアは気楽でいいよなぁ!」
悪態を吐いたルーズは再び旅館の中へと入っていく。
ますます理解が出来なくなった三人に申し訳なさそうな顔でネイが補足を加える。
「ルーズさん、実は先程のおかあ……いえ、女将さんの娘でして……」
「おいネイ!余計な事言うな!」
入口の奥からネイに向けて滝澤が飛んできた。いつの間にかボールのような扱いを受けている滝澤。珍しく今回は調子に乗ってないのでただただ悲惨である。
「取り敢えず、中に入っても問題はなさそうね」
結局、滝澤を運ぶことになった一行は滝澤を何回か落としながらも旅館の中に入っていくのだった。
運び込まれた旅館の一室で滝澤がルナに傷の手当をしてもらっていると、ルーズが紙袋を提げて部屋に入ってきた。
「これ、言ってた替えの服な」
「替えの服…?あ、そういやなんか言ってたな」
滝澤がルーズと初めて会った時、確かにルーズは滝澤に対して替えの服を渡すと言っていた。これだけ多くの出来事が起こった今では遥か昔のことに感じられるが。
「取り敢えず風呂入ってこいよ。ここの湯には治癒効果あるからな」
「おう、サンキュー。イテテのテ……」
滝澤は傷だらけの体を引きずって大浴場へと向かう。ちなみに傷のうち、7割が味方によるものである。
滝澤はさも当然の如く後ろからぴょんぴょん付いてくるルナをどうやって戻らせようかと考えていた。
従順で無知なルナから考えて、このまま滝澤が脱衣場に入ったとしても何の躊躇いもなく入ってくるだろう。
「(流石に幼女は、なぁ……)」
滝澤の
「お、滝澤か。傷は大丈夫そうか?」
滝澤がああでもない、こうでもない、と思案しながら脱衣場の前に来ると、同じく思案顔のヴィルが二つの脱衣場の間の壁に背を預けて立っていた。
「うっす、ヴィル。ここの湯に回復効果があるって聞いてさ。ヴィルはどうしたんだ?」
「私もここの湯に入ろうと思うんだが、一人寂しく湯に浸かるというのもどうかと思ってな」
ヴィルは右手にある女性用の脱衣場を親指で指した。どうやらヴィルは一人で入るのを躊躇しているらしい。
ピコーン!と、滝澤の脳裏に電球が浮かんだ。
二人がそれぞれ持っている不満がお互いに打ち明けることで解決する、という事象は世間ではよく起こることだ。
「ヴィル、ルナと一緒に入ってきたらどうだ?俺は一人で入るし。ルナ、また後でな」
滝澤が背後のルナをヴィルに差し出すと、ルナも「うん。」と、頷いてヴィルに駆け寄った。
「助かる。では、後で会おう」
滝澤は片手を上げて返し、男性用の脱衣場の扉を開けて中に入っていく。意外にも脱衣場には滝澤以外の姿は無く、滝澤は角をも外してボロボロの衣服から解放された。
「ん?これはどっちの扉を開けやいいんだ?」
浴場への扉は脱衣場に二つ用意されていた。滝澤は混乱しつつも自分を信じ、より豪華な左の扉を開けた。
「当たりか……?」
滝澤は辺りを見回す。
天井の開いた広い浴場にはまたもや誰の姿もなく、半ば貸切露天風呂状態だった。
ガラガラ……と、扉の開く音に滝澤が驚いて目を向けると、滝澤が入ってきた扉とは違う扉から一糸纏わぬヴィルとルナが入ってきた。
「滝澤じゃないか。奇遇だな」
当然、滝澤は叫ぶ。
「いや、なんでだよっ!!」
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