VTuber汽水あさりの方法論

真名千

第1回:メンバー限定スタンプの話

 ピロリンッ


 端末の電子音に汽水あさりは浅い眠りから目覚めた。画面の通知を確認する。

「しじみかぁ……」

 VTuberグループShell'sの後輩、中洲しじみからの着信だった。

「ふぅ、個通ASMRでもしてくれるのかしら……?」

 軽口を叩きながら通話に出る。グループ所属前からの付き合いということもあり、放っておけないのだ。

「あさりちゃーん!どうしよ~っ!」

 クリアな涙声が耳に飛び込んできた。

「ったく……あさり先輩でしょ?どうしたの?」

「あのね……メンシ入っていない人がコメントしてくれなくなっちゃったよ~!」

(なんで?)

 そもそもメンバーシップを始めるのが早かったのではないかという疑問もよぎったが、あさりはひとまず後輩をなだめることを優先した。妹分は箱への所属で早く収益化できたからと勢いに乗りすぎたところがあった。


「とりあえず落ち着いて。順を追って説明しなさい」

「うん……」

 鼻をすすりながら(配信中は絶対にやるんじゃねーぞと突っ込まれながら)しじみはたどたどしく説明した。


 きっかけはメンバー限定配信で新しいカスタム絵文字を相談したことだった。そこでメンバーのリスナーから歌配信でいつも使う絵文字をカスタム絵文字にしてほしいとの要望があったのだ。応援しやすくなると聞いて、しじみは深く考えずに要望のカスタム絵文字を描いた。性格は頼りないがスペックは全般的に高い子である。ちょちょいのちょいであった。

 そうして常用の絵文字がメンバー限定スタンプになると、これまで歌配信でコメントをしてくれていたメンバーじゃないリスナーが書き込みにくくなり、コメントが目に見えて減っていったというのであった。

(ああもう……この子ったら)

 考えが足りないと叱るべきか、変化に気付いたことを褒めるべきか。メンバーになっていないがコメントしてくれるリスナーはいわばメンバーの予備軍であるから、それが細ってしまうのは将来的に危ない。視聴者数が限られている新人や中堅VTuberにとっては特にそうだ。

「メンバーのリスナーはメンバーじゃない人の立場まで考えないからねえ。まぁ私もそうなる可能性には気づかなかったけど」

「ひっく……どうしたら良いと思う?」

 いきなり答えが得られるとは期待してなさそうな声音で、しじみが聞いてきた。あさりは眠気の醒めてきた頭をとろとろと回転させた。

「うーん、いっそメンシやめちゃうとか?」

「あさりちゃーん……」

「冗談よ。寝ながら考えてみるから、アンタも何か考えなさいよ。それとも雑談する?」

「お話するー!」

 気持ちの切り替えが早いのが、この後輩の良いところだ。あと嫉妬するほど声質がよい。あさりは寝落ちするまで妹分との雑談を楽しんだ。結局、個通ASMRをしてもらう結果になった。


 翌日、昼過ぎに起きた汽水あさりはシイッターに起床報告をしてから、しじみに対策を思いついたか期待せずに聞いてみた。

「絵文字を普通の絵文字に似たやつに描き直してみようかな?」と返信が返ってきた。

「うーん、作ったばっかりでコロコロ変えるのもねぇ……」

 あさりは、それ自体は悪くはないと思いながらも首をひねる。こっちの穴を塞げば別の場所に穴が空く方法はあまり良くない。しじみがおずおずと聞いてくる。

「あさりちゃんは……?」

「……そうね。参考に浜野くりさんの歌枠を見てみましょ」

 Shell'sに途中参加したベテランだけど後輩になるVTuberの名前をあさりは挙げた。

「くりちゃんかー」

「……それ絶対に言っちゃダメよ」

「どうして?なんでくりちゃんって言っちゃダメなの?」

(こいつ分かって言ってないか?)

「わからなければママに聞きなさい」

 あさりは他人に丸投げした。

「うん、わかったー」

(どっちのママに聞くんだろう?)

 姉貴分は疑問に思ったが関わりのないことだと切り捨てた。まさか妹分が雑談でこの話をするとは思ってもみなかったのであったが、それはまた別の話である。


 同時視聴になる形で、しじみに浜野くりの歌配信を確認させる。彼女は一曲歌う前に必ず一言添えていた。

『リスナーの皆さん、こんくりー!最初の曲は夏の海の歌だから、みんなで波と太陽の絵文字を流してくださいっ』

 リスナーは指示にしたがい、曲に合わせて絵文字を流す。ときたまペンライトのカスタム絵文字が混じるが、メンバーシップに入っていない人でもチャットに参加できていた。

「わかった?」

「うん、わかったよ。ありがとう、あさりちゃん!」

「感謝は浜野さんにしなさいよ。あと、絶対に浜野さんの名前をちゃんづけで呼んじゃダメよ」



 三日後、中洲しじみの歌配信があった。はたして彼女は上手にチャットを盛り上げることができるのか、心配になったあさりはソワソワしながら配信を見守っていた。


『しじ厨のみんなー!こんばんかすー!!今日は歌う時の絵文字をお願いするから、それを流してね』

「何度聞いてもひどいファンネームと挨拶ね……」

 あさりはマグカップ片手に頬杖をつきつつ、ぼやいた。これを毒気なく言ってのけて馴染ませているところが後輩の魅力である、おそらく。

 ちなみにいたずら心で提案したリスナーは、あさりがモデレーター権限で書き込み禁止にした。


『それじゃあ一曲目、行っくよー!この曲でみんなに流してほしい絵文字は~、ばくはつ、たいよう、やしのき、はなび、おはな、こっき……』


「ちがうっ!そうじゃないっ!!そうだけど、そうじゃないッ!!!」

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