第2話
病院から自宅に帰ってきて早速、俺はまず自分の通帳を開いて自分の使える残りの財産を確認していた。
とはいっても、貧乏学生、それも親元から離れて下宿で過ごしていた俺に大した財産なんかもある訳は無く、精々が三か月も生活していたら無くなりそうな程度でしか残っていなかった。
次に俺は自分の通っている大学に行くと、退学手続きを行い始めた。
成績が悪いわけでもなく、家族に不幸があったわけでもないのに急に退学しようとする俺に、教授も事務の人も怪訝そうな、又は心配するような対応をしてきたけれど、事情を詳しく話すことは無く何とか意思を押し通して手続きを完了させた。
次にバイト先に行くと、こちらはすぐに辞めるのではなく、三か月後に止めることを伝え、それまでの期間のシフトをみっちり入れるとようやく一度家に帰って来た。
それから三か月、俺は最期の労働だ、と毎日と言ってもいいほどにバイト先で働き続けた。
なんのため、と言われると当然ながら金が必要だったからだ。
ここで一つ伝えておこう、俺は、自分がもうすぐ死ぬという事を誰かに伝えるつもりはない。
大学でも、バイト先の人にも、それこそ家族や親友にも誰にも伝えるつもりはない。
もうすぐ死ぬと言われて、彼らに一体どうしろと言うのだ、悲しんで欲しい? 哀れんで欲しい? 理不尽な運命に怒って欲しい? それとも最期の時を見届けてもらいたい?
否、俺はそのどれも望んでいない。
悲しまれたところで、哀れまれたところで俺にはどうにも出来ず、一緒に落ち込めとでもいうのか。
運命に対して起こったところで無駄だろう、未来は変わらない。
最期を見届けてもらっても、その後どうするのだ、動かなくなった俺の身体を処理しておいてくれとでも頼むのか? 目の前で人が死んだばかりの状況で?
俺はそんなの望まない。
それならば誰にも伝えず、最期に覚えているのはいつも通りの俺を覚えていればいい。
そうして俺のことを勝手に忘れてくれるならそれでいい、どうせ俺はいなくなるのだから。
立つ鳥跡を濁さずではないが、俺の存在が誰かの傷になるのは嫌だから。
さて、当然ながら三か月働いたところで別に何百万と稼げるわけも無く、もともとの貯金も合わせたら最期までの費用としては十分と思える程度になったところで、俺はバイトを止めて、最低限の衣類、生活用品を残して他のもの全てを処分し始めた。
売れそうなものは全て売り払い、売ることが出来ないようなものは全て捨てた。
とはいえ大した物があるわけでもなく、掘り出し物があったわけでもないので、ほとんど全てのものを処分したうえで手元に入ってきたのは、少し豪華な食事をとれば飛んでいく程度の金額で、手元に残ったのは最低限の衣類と生活用品、そして大学のサークルの先輩から譲り受けた軽自動車だけだった。
バイトをしていたこの三か月、俺はこれからの残りの時間をどう過ごそうか考えていた。
最期の時間を誰かと共に過ごすなんてのは嫌だったが、それでも最後に見ておきたい顔は何人も浮かんでいて、それこそ家族だって、幼馴染や親友と言った友人たちにも、久しく会っていないのだから、会いに行きたい。
こんなことになる前には、それぞれ、自分も含めてだが時間が合わずに会えないものの、まだまだ機会はあると踏んで会いに行けていなかったのだ。
そして、これまで漠然としたかったことを、可能な限りして行こうと考えていた。
と言っても残りの時間は限られているのだから、出来ることも必然限られているのだけれど。
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