残り一年の命、俺は何をする?
かんた
第1話
「……落ち着いて聞いて下さい、貴方の余命はおそらくあと一年です」
神妙そうな口調でそう告げてくるのは、医学に身を捧げるものなら、いやこの言葉では不十分だろう、この国に住む人間なら誰もが一度は聞いたことのある、有名な医師だった。
何時頃からかは覚えていないがよくテレビや、最近では動画としても顔を出す機会が多く、そこまで興味の無かった自分でも知っている程度には有名な、現医学会の権威とでもいうような人が目の前に座っている。
いや、それどころかそんな有名人に身体の精密検査をしてもらって、そして目の前でこれほどまでに深刻そうな顔でいるのだ、もはや現実味が無さ過ぎて、どうしたらいいのかも分からなくなってきた。
一体、どうしてこうなったのか、もはやそんなこともどうでもよく思えてきていたが、簡潔に経緯を話すと、大学での健康診断で気になる点があるから再度、病院に行って検査を受けるように、と通知が来たのが先週の頭のことで、予定も何も無かった俺は早いうちに終わらせてしまおうと翌日病院に向かい、その病院でうちでははっきりしたことが分からないから、と更に大きな病院、その次、その次……と繰り返していたら、気がつけば通知が来てからほんの十日もしないうちにこんなことになっているのだから、人生とは本当に何が起こるのか分からないものだな、と考えているのが現在だ。
さて、こちらの反応を待っているのか静かに待ってくれている医師もいることだし、そちらに意識を戻すと、医師は俺が放心から帰って来たと思ったのか、続きを話し始めた。
「とはいえ、現在で分かっていることはほとんどない。君のような事例は私でも見たことも聞いたことも無い症例でね。ひとまず、ウイルス性、細菌性と言った感染性のあるものでは無いようだから緊急で隔離といった事態にはならないが、おそらく一年、もしかしたらもっと早く命が尽きるかもしれないことは覚悟しておいてほしい」
他にも、今身体の中で起こっていることについて色々と言われたような気もするけれど、専門分野でもなければそれほど興味の無かったので、ほとんど右から左へ流れるだけで、意味のある言葉として残ることは無かった。
「それではひとまず、一週間程度を目安でまた病院に来て下さい。それ以降は都度言うけど、定期的に、出来るだけ多く来るようにね」
その言葉を最後に病院を出ると、俺はそのまま近くにあったファミレスに入り、ドリンクバーと適当な食事を頼んで座り込んだ。
なんだか疲れたような気もするけれど、それもそのはずでここ十日ほどは心も体も休まることなく動き続けていたのだから当然のことなのだろう。
とはいえ、思っていたより冷静なままの自分に対して、自分でも不思議に思っていた。
普通なら、自分の時間が残り一年も無いと言われたら取り乱したり、直視しないように暴れたりぐらいはするものだと思っていたけれど、話が分かっていないのではなく、自分の残り時間について実感が湧いていないからこその冷静というような状況でもないと思える。
このファミレスに入るまでの短い時間でもつらつらと考えていたが、病院をたらいまわしにされているうちに心の準備が出来ていたのだろうか、死ぬという事についてはっきりわかっていないからだろうか、もしくは、もう既に今の世の中、今の人生に対して未練が無いという事だろうか。
はっきりとこれだ、とは自分でも分からないけれど、考えているうちに運ばれてきていた食事を食べながら、もう二度と、この場所に、この病院のある街には来ることは無いだろうな、という事を予感していた。
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