14
イタリさんと話していた門番は、ヒスイさんと言うらしい。丁度、門番の交代の時間だったようで、新たな門番と仕事を交代したヒスイさんは、わたしの話し相手になってくれた。
話し相手、というか、ほとんど言葉を教えて貰っていたようなものだけど。
いい人すぎる、とは思っていたけど、わたしが一つ言葉を習得する度に、ほほえましい、と言わんばかりの笑みを向けてくる。完全に子供が学びを得たところを見る人間のまなざしだ。似たようなものだから反論は出来ないし、教えてもらうのがとてもありがたいので文句のいいようもないけれど、ちょっと気恥ずかしい。
夢中になって会話を勉強していると、思っていたよりも早くイタリさんがやってきてくれた。ヒスイさんが夜まで長い、と言っていたから、てっきりイタリさんの仕事が終わるのは夜だとばかりおもっていたのだが、今はちょうど日が沈み始めたころだ。
『おや、早いんですね』
ヒスイさんも少し驚いたような表情をしている。
『用があるから、と少し早めに切り上げてきた。今日の仕事は全て終わらせてきたし、残りは明日でも問題ない』
ヒスイさんにイタリさんが返事をしてから――。
「さて、いくぞ」
――わたしに声をかけてくれた。
言語の切り替えがすぐにできるの凄いな。普通にかっこいい。
……って、感心している場合じゃなくて。
「あ、あの……」
わたしはイタリさんに声をかけ、少し言いよどむ。大丈夫、あれだけ練習したんだし。ヒスイさんも大丈夫って言ってた。
首を傾げるイタリさんに、わたしはどきどきしながら話しかける。
『た、助けてくれて、ありがとう!』
この数時間、ヒスイさんに教えてもらった共用語の一つ。
助けてもらってちゃんとお礼もできないままここまで来てしまったし、何より、最初に話す共用語はこれがいいと思ったのだ。
「驚いた。もう話せるようになったのか」
そんなに大きく表情が変わっていないけれど、確かにびっくりしたような表情に見える。無表情がちなイタリさんが、表情が読み取れるくらいのリアクションを見せてくれている、と思うと、結構驚いているのかもしれない。
『共用語、ちょっとだけ!』
「そうか。でも、この短期間で習得できたなら、今後も期待できそうだな」
イタリさんはわたしに分かりやすいように東語を使ってくれているが、会話はしっかり成立している。
嬉しくなってヒスイさんの方を見ると、『よかったですね』と笑ってくれていた。
『ありがとう、ヒスイ――』
先生、と続けようとして、なんて言うのか知らないことに気が付いた。迷ったわたしはちいさく、「先生」と、東語で付け足す。
『……彼女はなんと?』
『ヒスイ先生、だと』
イタリさんとヒスイさんが短く会話をする。先生、という言葉を訳したのかな。
イタリさんの言葉を聞いたヒスイさんが、『またいつでも教えますよ』と言ってくれた。また、教える、だけは聞き取れた。
『ありがとう!』
わたしは今日一番練習したと言っても過言でない言葉を、ヒスイさんに伝えたのだった。
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