03

 がたごと、と馬車に揺られてもう何日だろうか。適当なドレスを鞄につめて、おしつけられ、わたしはこの馬車に乗った。

 あのときの両親の様子を見るに、ミステラなんとかに、この馬車は向かっているんだろう。


 療養なのか、それとも家を追い出されたのか。……まあ、たぶん、後者なのだろうな、とは思う。両親が話した内容は半分以上理解できなかったけど、使用人の空気感で分かる。わたし付の侍女なのであろう人も、一人もついてこなかったし。


 それに、わたしの婚約者だったのであろうアディジクトは、結構偉そうな人だった。

 わたしの家も結構偉い位置にあると思っているのだが、それよりも偉いとなると、本当に上から数えた方が早いような人だったのかもしれない。


 そんな人との婚約が破棄された、ともなれば、次にわたしの結婚相手なんて、現れないんじゃないだろうか。しかも、言葉が通じない相手。


 ……わたしだって、この国の言葉が全く分からないわけじゃない。前世で二十余年、今もそれに近い程生きている。ゆっくり喋ってくれれば、それなりに言っていることは分かるのに。

 でも、この年で子供のようにしか話せないわたしの相手をしてくれる人は、貴族界にはいない。


 唯一、家庭教師に相当するであろう人物だけが、わたしに根気よく付き合ってくれた。わたしが幼い頃の時点で、結構なおばあちゃん先生だったから、今はもう、完全に隠居してしまったようだけど。


 ……それにしても、館のあった町からミステラなんとかの町は本当に遠い。ここ数日座りっぱなしだから、お尻も腰も痛くてしんどくなってきた。それに、外の景色を見続けるのも飽きた。森の中を走っているので、見えるものがほとんど変化しない。前世の交通機関やスマホが恋しくなる。


 この世界は、完全に中世の趣、というわけではなくて、時折妙に現代チックなものが現れることがあるものの、それでも貴族の交通手段は馬車だし、暇を潰すのは本や刺繍である。本当は貴族令嬢というのはお茶会をするらしいが、わたしは会話についていけないので、参加することは滅多にない――どころか、おそらくは練習だったのであろう、母親や教師たちとのお茶会しかしたことがない。


 ――……新しい町は、田舎でも、不便でもいいから、もう少し生きやすい場所だといいな。

 わたしに根気よく付き合ってくれた先生のように、なんてわがままは言わないから、わたしが言葉を処理しようとするのを急かすような人が少ないと嬉しい。


 そんなことを思いながら、わたしは目を伏せたのだった。

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