カルンの街

 通行人の雰囲気で気づいた違和感について、ラーニャにたずねるかどうかを迷うところだった。

 あるいは彼女自身が気づいているとすれば、確認することは傷つけてしまうことになるのかもしれない。

 今の段階では少し目立つぐらいなので、あまり気にしすぎない方がいいような気がした。

 慣れない場所に足を運んだことで、普段なら気に留めないようなことに注意が向きやすくなっているようだ。

 

 カルンの街はトローサの村よりも標高が低い位置にあるため、歩きづらくなるほどに雪は積もっておらず、滑るのに注意していれば支障はない。

 市街地を囲うように外壁はあるものの、実質的には橋を通る段階で不審な人物であるかどうかを見極められているのだと気づいた。

 兵士は橋の凍結を防ぐだけでなく、素知らぬ様子で目を光らせているのだ。

 

 やがて市街地に至るとカルンの街はにぎやかだった。

 それなりに規模があり、ランス王国の王都を少し小さくしたようなサイズ感だ。

 戦乱の影響をほとんど受けなかったようで、歴史を感じさせる建物がちらほらと見える。

 故郷のバラムが温暖で開放的な雰囲気なのだが、ここは雪が積もる冬のような情緒が感じられる街だった。

 寒いのは悪いことばかりではなく、白く染まる街並みは幻想的ですらある。

 夜になって街灯が点灯する際には、さぞかし美しい光景が見られるだろう。


 街の光景に見惚れながら仲間たちと歩を進める。

 ラーニャはカルンを訪れたことがあるものの、数える程度な上に最後に来たのはずいぶん前のことらしい。

 彼女の知識では案内してもらうのは難しいため、俺たちと利害が衝突しそうもない人から街のことを聞いておく必要があった。


「マルク殿、お腹が空きませんか?」


「今朝はトローサで食事をしましたし、移動中の馬車で軽食を取ったので、空腹というほどではないですね」


「……そうですか」


 リリアはこちらの答えを聞くと心なしか残念そうな表情になった。 

 彼女の真意を汲むことができず、街の様子へと注意を向ける。

 どうやら、この辺りは食事のできる店が道沿いに点在しているようだ。

 人通りもそれなりにあるため、店頭に客引きが立っている店もある。


「……あっ」


 少しの間をおいてリリアの真意に気づいた。

 色んな店があるので、そのうちのどれかに立ち寄りたいということだろう。

 すぐに気づけなかったため、あからさまに理解を示すのは間の抜けたような感じがする。

 俺は素知らぬ顔で一軒の店に近づいて、来店を呼びかける若い娘に声をかけた。


「あの、すみません」


「はい!」


「カルンに来るのは初めてで、食事のついでに街のことを聞かせてもらえますか?」


「ようこそ! 旅の方は大歓迎です。ささ、中へどうぞ」


 バラムでは見かけないような垢抜けた雰囲気の娘だが、接客態度は好ましいものだった。

 口先だけでなく、お客を歓迎しようという姿勢が感じられる。


「人通りが多くて疲れますし、ちょっと一服して作戦会議といきましょう」


「いいね、行こうか」


「……マルク殿」


 クリストフが満面の笑みを浮かべて、リリアは目を輝かせている。

 ラーニャも食べること自体に関心があるため、何も言わずについてくる。

 俺たちは店の娘に続いて、店内へと足を運んだ。


 夕方までもう少しという時間帯だが、軽食やお茶を片手に雑談を楽しむ客たちで半分ぐらいの席が埋まっている。

 カルンそのものが栄えている街だけあって、この店も活気があるようだ。

 四人で案内された席に腰を下ろすと、先ほどの娘がメニュー表を手にして戻ってきた。


「喫茶フィーカへようこそ」


「ありがとう。注文の前に街のことを聞かせてください」


「ふふっ、そうでしたね。何が知りたいですか?」


 ラーニャに聞ける限りのことは聞いたものの、彼女自身がカルンを訪れたことは少ないことで予備知識は断片的だった。

 何から聞けばいいのか決めかけると同時に勇み足だったことを痛感した。

 苦し紛れにクリストフの顔をちらりと窺う。

 彼は微笑を浮かべたまま、小さく頷いてこちらの心中を察したような動きをした。


「横からすまない。この街で周辺地域の情報を集めるにはどこに行けばいいかな?」


 クリストフがたずねると娘は頬を赤らめた。

 彼のイケメンぶりはエスタンブルクの国でも通用するようだ。

 本人にあまり自覚はないようで嫌味がなく、人当たりのよさから人柄の部分でも好ましい印象がある。

 娘はクリストフに照れた様子だったが、それも束の間のことで質問に答えようとした。


「うーん、それなら街の酒場がいいと思います。怖そうな人もいるんですけど、お兄さんなら大丈夫そうですね」


「そうか、ありがとう」


 クリストフは涼しげな笑みを娘に向けた後、こちらが話せるように引き継いでくれた。


「お嬢さんの仕事を邪魔したら悪いですし、この店の後に酒場に行ってみます。……それで注文は決まってますか?」


 隣同士に腰かけているリリアとラーニャはメニューを気にしていた。

 俺やクリストフの話を聞いていなかったようには思えないものの、表情から垣間見える様子から物欲しそうな気配が感じられる。

 どうやら注文が決まっていないのは俺だけのようだ。

 がっつり食べるにはまだ早い時間であり、軽食やデザートの欄に目を通す。

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