ラーニャに協力する理由

 転生前の記憶は薄れつつあり、いつか起きた辛い出来事は遠い日の幻のような感覚になっている。

 それでも苦しい立場に置かれた者に対して心が動いてしまうのは、自分自身に与えた影響が大きいのだと実感する――それぐらいラーニャの身に起きたことは痛ましいものだった――。

 焼肉屋の経営は順調で各地を巡ることが多かったせいか、自らの内面に意識が向きづらかったのだと思う。

 

 移動中の馬車で考えを巡らせた後、ラーニャの方に視線を向けた。

 何人もの仲間が殺されて生存者は連れ去られるという憂き目に遭いながらも、あまり辛そうな態度を見せないのは彼女なりの強さのような気がした。

 偶然の出来事とはいえ、俺やルカと出会わなければ洞窟で潜伏生活を続けていた可能性さえある。

 そう考えると彼女を再び外の世界に引き戻したのは自分であり、力を貸すことはある種の義務のように思えてきた。


 冒険者の時は店を始めるための資金集めという目的意識が強く、依頼人が感謝するのは等価交換みたいなものだと考えていた。

 しかし、自分の店が持ててからは考えが変化するようになった。

 ハンクやアデル、色々な人たちに出会ったことが影響したことは間違いない。

 S級冒険者である彼もそうだが、リリアやクリストフも利他的な動機で行動することを厭わない節がある。

 この世界にそうした人が出てくる下地があるのか、彼ら自身の個性であるかは分からない。

 そして、彼らから与えられたものを返していくには、同じように誰かの力になることだと思う。


 どうしてラーニャを助けようと思ったのか、最初は漠然としていた。

 しかし、じっくりと考えてみるとその輪郭が浮かび上がってくる。

 今までは自分のために行動していたが、利他的な精神が強まったことが大きい。

 これは歓迎できる変化であり、影響を与えてくれた人たちに感謝したいと思った。


 その後も馬車は移動を続けた。

 御者台越しに降り積もる雪の量が少なくなってきたように見える。

 ラーニャにたずねるとカルンの街に近づくほど山間部から離れるため、寒さと雪の量が少なくなるという答えが返ってきた。

 

「……どんな感じだ」


 外気との温度差で曇った窓を布で拭って、外の様子に目を向ける。

 道沿いの針葉樹を白く染める程度に雪が残り、地面の積もる雪はそこまで多いわけではなかった。

 寒さに負けそうな状況が続いたため、俺にとって朗報と呼べる状況だ。 


「ラーニャさん、カルンの街はどのような場所でしょうか? 具体的な情報はまだ聞いていないものですから」


 ここまで車内の会話は控えめだったが、リリアが遠慮がちにたずねた。

 質問された本人はイヤそうな態度を取るでもなく、わずかな間に思案げな顔を見せた後、おもむろに口を開いた。


「エスタンブルクの中で一番大きな街だ。食と文化、国内のあらゆるものがあの街に集まる。ダークエルフの私からすれば興味のないことばかりだが、リリアなら興味を持つだろうな」


 大まかな回答ではあるが、ラーニャはきちんと答えている。

 お前呼ばわりをしていないため、旅の仲間としての関係性に前進が見られる気がした。

 そもそもラーニャが多少雑な態度を取ったところで、リリアは意を介さないというのもある。

 リリアのそれは寛容であると同時に手助けする対象に対して、ほどよい距離を保つこということも意味しているのかもしれない。

 俺とリリアは年齢が近いものの、彼女は精神的に落ちついている気がする。


 二人の会話を微笑ましくい見守りながら、馬車が目的地に到着するのを待った。

 やがて遠くの丘の上に城が建っているのが見えてきた。

 国王の居城にしては小ぶりな大きさで、ランス王国の王城よりも何割か小さい。


「あそこって、この国の王様の城です?」


「その通りだ。城にカルンの領主が住んでいる」


 こちらが指先で城の方を示すとラーニャはこくりと頷いた。

 情報収集をすることになると思うが、領主にお伺いを立てる予定はないため、あそこを訪れることはないだろう。

 ところどころ雪に覆われた様子からは幻想的な気配が感じられて、なかなか見ることができない光景だった。

 

 やがて進行方向に川が流れているのが見えた。

 対岸に向かって橋が延びていて、その先がカルンの市街地になっている。

 気温が低いことで凍結が気がかりになるが、通行人や他の馬車が何ごともなく通っていた。

 そのまま観察を続けると、兵士らしき者がブラシや水をかけて凍結を防いでいることに気づいた。


 クリストフが操る馬車は橋を通過して、市街地の外側で停車した。

 馬車を使うことがないラーニャは知らないことだったが、ここに来る途中の行商人との会話で位置を確認済みだった。

 彼は本人以外の三人が下りてから慣れた様子で、預けるための手続きを済ませた。

 遠目に見える厩舎はしっかりした構造に見えるので、馬が凍えてしまう心配はなさそうだ。

 

 馬車を預けていたクリストフが合流するのを待って、四人でカルンの市街地へと歩き出した。

 まだ街の中心から離れていて人影はまばらといった様子だが、すれ違う人からの視線が気にかかる。

 ここまでの道中でも似たようなことはあったが、ラーニャがダークエルフであることは目を引くようだ。

 彼らの様子から好ましい雰囲気は感じられず、一抹の不安を覚えた。

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