雪景色の村
国境からエスタンブルクに入国して一日が経過した。
ラーニャの話した通りに都市部まではもう少し時間がかかるようだ。
山間部を抜けたものの、今のところは辺境である感が拭えない。
動物は人間よりも丈夫なようで、馬は白い息を吐きながら健気に前へ前へと足を運んでいる。
慣れた土地で寒さがなければ移動距離は伸びるものの、日没が少し早い上に積雪があることで移動を早めに切り上げるようになっていた。
今日も夕方の気配が近づいたところで、近くの村で一夜をすごすことになった。
村の名前はトローサ。
街道沿いに位置することで、旅人や行商人の来訪に慣れている様子だった。
最初に馬車と馬を預けるところに案内された後、そこにいた村人の勧めで食堂に向かうことにした。
温かい食事で暖を取るようにという気遣いが感じられた。
村の中を歩いていると足元には踏み固められた雪があった。
気温がそこまで下がらないバラムでは雪が降ること自体がなく、こうして踏みしめる感触は新鮮だった。
普段履いている靴では歩きにくいため、道中で上着と一緒に購入したブーツに履き替えている。
村の雰囲気はこれまでに見たことがないもので、転生前の北欧の風景が近いような気がした。
民家の大半は木組みの建物で雪が積もりにくいように屋根には傾斜がついている。
近隣に材木になりそうな木がたくさん生えているため、自然とそれを活用するようになったのだろう。
リリアとクリストフもエスタンブルクに来るのは初めてのようで、村の様子を興味深そうに眺めていた。
一方、ラーニャは淡々と足を運んでおり、地縁のある彼女にとって珍しいものではないことが分かる。
顔に触れる風に冷たさを感じながら少し歩いていくと、明かりの漏れる大きめの建物があった。
案内された通りの位置にあり、お互いの顔を見合わせてから中に足を運んだ。
扉を開いて中に入るとにぎやかな雰囲気だった。
外よりも温かさを感じるのは暖炉があるからだと気づく。
「いらっしゃい、四人だね。あそこの席を使ってくれるかい」
店主と思われる男が俺たちに気づいて案内してくれた。
四人でその席へと移動する。
「注文はそこから選んで。頃合いを見計らって聞きに来るから」
全員が椅子に腰かけたところで、同じ男がやってきた。
味のある手書きのメニュー表に料理の名前がいくつか書かれている。
品数はさほど多くないものの、見たことのない料理ばかりで興味を引かれた。
「外は寒かったから、温かい料理が食べたいところだね」
御者を務めていたクリストフが両手をこすり合わせながら言った。
厚着だったとはいえ慣れない寒冷地は寒かったと思う。
「ここはシチューもあるみたいですし、これで暖を取りましょう」
「ははっ、その通りだ」
クリストフとの談笑の傍らで、リリアがじっとメニュー表を見つめている。
執着心というほどではないものの、彼女は食べることが好きなのだ。
初めて見るような料理があれば、気になるのは自然なことだろう。
リリアの邪魔をしないようにラーニャに声をかける。
「ラーニャさんは見慣れた料理ですか?」
「故郷では違うものを食べる。獣の肉を手に入れるのは大変だからな」
「ああ、なるほど」
彼女が肉と言っているのはトナカイのことだろう。
この世界のトナカイを見たことはないものの、地球と同じぐらいの大きさならば仕留めたり、解体したりするのは大変な作業になりそうだ。
エルフのアデルは食事に偏りはなかったので、ダークエルフもベジタリアンのような食生活ということはないのかもしれない。
「――はい、決まりました!」
誰に向けたかは分からないが、リリアが高らかに宣言した。
それに反応するように先ほどの男がやってくる。
「それじゃあ、注文を聞こうかね」
最初にリリアが注文を伝えて、それから他の二人も注文を済ませた。
俺とクリストフはトナカイのシチュー。
リリアは同じものに小皿料理を追加。
ラーニャはサーモンスープとシナモンロール。
――こういった感じの注文になった。
料理への期待が目を輝きに現れているリリアを眺めながら、席に座った状態で待つ。
店内の様子に注意を向けると客層は地元の人が半分、もう半分は行商人や旅人に見えた。
「――はい、お待たせ。シチューから出すよ」
テーブルの上に厚手の深皿が並んでいく。
ビーフシチューのような濃い茶色で、中にはぶつ切りのトナカイの肉が浮かぶ。
美味しそうな匂いと温かな湯気に食欲がそそられる。
注文の時に食堂の男が話していた通り、ごってりとしたジャガイモが入っているので、これだけでお腹が膨れそうだった。
ラーニャ以外の三人がスプーンを手に取ったところで、彼女の頼んだ料理も到着した。
サーモンスープの容器はシチューと同じだが、中身はクリームシチューのような乳白色をしている。
「――さあ皆さん、食べましょう」
リリアが積極的な姿勢で声を出した。
ラーニャを待った分だけお預けになったようなもので、我慢が限界だったのだろう。
それを合図にして、全員がそれぞれの食事を食べ始めた。
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