マリオの悩み
食事を終えて仲間たちが部屋に戻った後、そのまま食堂に残った。
マリオはさほど気にする様子もなく、淡々と使用済みの食器を調理場の方に運んでいた。
やがて彼の作業に目途がついたと思われるところで、意を決して調理場に向かった。
「勘違いだったら申し訳ないですけど、何か悩みがあるんじゃないですか?」
こちらが声をかけると、マリオは椅子に座って一息ついているところだった。
虚を突かれたように固まり、目を白黒させている。
その反応から何かを抱えているのは間違いないと思った。
「……急にどうしたんですか?」
マリオは愛想笑いを浮かべており、明らかに戸惑っている様子だった。
あまり話したそうではないように見える一方で、どこか不安げな表情を覗かせる。
「誰かに話した方が楽になることもありますよ。俺もそんな経験があるので」
「……こんなこと、お客さんに話すようなことじゃないんだけど」
マリオはそう前置きした後も話しにくそうだった。
そんな彼を急かすことなく、続きを話し始めるのを待つ。
「……自分の目で確かめたことはないけど、どうやら近くの山で危険なモンスターが出たという噂が広まっています。一人だけじゃなく何人かの旅人から聞いたので、真偽はどうであれ、噂になっていることは間違いありません」
「なるほど、危険なモンスターですか……。それが影響しているのなら、わざわざ近くに泊まろうとは思いませんよね」
「料理や客室の質が原因なら、自分でどうにかできるんだけど、モンスターとなってはどうにもならない。ここのように町から離れていたら、ギルドに討伐を頼むにしても多大な報酬がかかってしまう。もう少し居住者が多いところなら、放っておいても討伐してくれたのにね……」
マリオは嘆くようにこぼした後、それでも自然が好きだからここを離れる決断ができなかったと付け加えた。
たずねにくいことだが、無視できないことを訊くことにした。
「すごくいいペンションですけど、ここは閉めてしまうんでしょうか?」
「……そうするつもりでいます。今なら赤字は多くないし、故郷の町に帰ろうと」
彼は今後の目途についてまとまっているようだが、悔しそうな表情から本当はそうしたくないことが窺い知れた。
これからエスタンブルクに向かって、ラーニャの故郷を助けに行くことになっているが、同じ経営者として放っておけない気持ちもある。
「俺は元冒険者で仲間は現役の兵士です。それにダークエルフの彼女は魔法が得意。仲間の承諾は必要ですけど、もしよかったらモンスターの件を調べさせてもらえませんか?」
「……えっ、いや。そんなの悪いですって。お客さん方が危険に巻きこまれでもしたら、旅が台なしになってしまう」
「よほどのことがない限り、大丈夫だと思います」
「うーん、そこまで言ってもらえるなら、お願いします」
マリオは椅子に座った状態で深々と頭を下げた。
彼の様子から本当に困っているということが伝わってきた。
「……ちなみに報酬はどれぐらいお支払いしたら?」
「旅の資金には困ってないので、報酬は必要ありません。延泊することになるかもしれないので、その時は宿を使わせてもらえると助かります」
「それはもういくらでも使ってください」
「ただ、あれだけ手のこんだ料理をタダというのは気兼ねするので、料金は支払われせてください」
「いやいや、そんな……。もしかして、お連れの二人は王族だったり?」
マリオが目を白黒させている。
お金は気にしなくていいと言ったことで、何かしら推察させてしまった気がした。
「あの二人は本当に兵士ですよ。見た目は整ってますけどね」
「ふぅ、それはよかった。王族の方のもてなし方なんて知らないもんですから」
マリオの反応が面白くて笑ってしまい、それに釣られるように彼も笑った。
それから少しの間世間話をして、この夜の雑談はお開きになった。
翌朝、朝食の時間に俺と三人の仲間が揃っていた。
焼きたてのパンにベーコンエッグ。
デュラス公国ではコーヒーが手に入るようで、セットでついてきた。
優雅な朝食を満喫した後、席を共にしているうちに昨夜のことを伝えることにした。
「実はペンションのマリオさんが困っていることがあるみたいで、力になれたらと思っているんですけど」
リリアとクリストフは手にしたマグカップをテーブルに置き、ラーニャはフルーツを食べ進める手を止めた。
「どうやら、近くの山で危険なモンスターが出ることで、それが原因でここに泊まりたがらないようになっているみたいです」
俺がそこまで話したところで、食堂で作業中だったマリオが加わった。
頼みごとをする以上、自分の口から話そうという意思が感じ取れた。
「マルクさんから皆さんのことは伺いました。お客さんにこんなことを頼むのは申し訳ないんだけど、どうか力になってもらえませんか?」
マリオが懇願するように言った後、リリアとクリストフはお互いの顔を見合わせた。
ラーニャは表情を変えないものの、考えてくれているように見える。
悩める店主のためにも仲間の協力を得たいところだ。
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