鳥肉料理と優しいスープ
マグカップに残ったハーブティーをちびちび飲むうちに時間が経過した。
今晩の泊まり客が俺たちだけとはいえ、マリオは一人で切り盛りしている。
そのため、配膳を終えてからはどこかへ別の作業をするために離れていた。
「マルク殿。お腹が空いていたのですか? 一番乗りですね」
リリアが微笑みを浮かべながら近づいてきた。
兵装から私服に着替えており、一本に結われた髪を下ろしている。
金色で流れるような艶があり、この髪型も似合っていると思った。
「ははっ、腹ペコみたいで恥ずかしい。店主のマリオさんの手伝いをしてたんですよ。一人で大変そうなのと料理法に興味があったので」
自然と軽い調子で言葉が出てきた。
ブルームを含めた三人で旅をした仲間ということもあり、親しいことを実感する。
彼女の人柄が優れているため、リラックスして話せることもうれしかった。
「それは素晴らしい! さすがは焼肉屋の経営者ですね」
「いやいや、そこまで褒めてもらうほどのことではないです」
リリアが立ったままだったので、近くの席に座ってもらうように促す。
彼女はペコリと会釈して、腰を下ろして会話を続ける。
「それにしても、この料理は美味しそう。どんな肉を使っているのでしょう?」
「鳥肉とだけ聞きました。焼く前の感じではニワトリではなさそうなので、町で買ってきたものか、野鳥のジビエのどちらかだと思います」
「ふむふむ。鳥肉のステーキということですか」
「ははっ、気になりますよね」
リリアは興味深げに料理の盛られた皿を見つめる。
適度に筋肉質でスラリとした体形の彼女だが、身体を動かすことが多いことも関係するのか、わりと食欲旺盛なところがある。
喜んで食べてもらうことは他に代えがたいものがあり、料理を作る側とすれば歓迎できることだ。
続けてクリストフ、ラーニャの順で食堂にやってきた。
二人も空腹だったようで、テーブルに用意された食事を見て表情を明るくした。
「皆さん、お揃いのようですね。ささっ、料理の置かれた席にどうぞ」
見計らったようにマリオが戻ってきて、後から来た二人に着席を促した。
四人が席に揃ったところで、彼は調理場に足を運んで何かを用意し始めた。
「わりと冷えるんで、スープは温かいものを出させてもらいます」
「これはありがたい。ランス王国からやってきて、なんだか肌寒かったから」
クリストフが両腕をさするような動作を見せた。
彼の言うように日が沈んでからは一段と冷えるような気がする。
「自分は慣れていて平気だけど、そりゃあお客さんたちは冷えますよね。スープを出し終わったら、ストーブに火を入れましょう」
マリオはそそくさと人数分のスープを配膳して、今度は薪ストーブをいじり始めた。
落ちつかない雰囲気になり、誰も食事に手をつけないまま彼を見守る状態になっている。
「……あっ、どうぞどうぞ。召し上がってください」
マリオは恐縮したように言った後、ストーブに火が入ったのでそのうち温かくなると付け加えた。
「では食べるとしようか」
「そうですね」
クリストフが主導するようなかたちで全員がナイフとフォークを手にした。
鳥肉のステーキは運ばれてきた時は熱々だったが、ちょうど食べ頃の温度になっている。
薪ストーブが効き始めたので、これ以降は料理が冷めるということもないだろう。
先ほどは味見をしただけということもあり、完成品の味が気になっていた。
手早くナイフで食べやすい大きさにして、それをフォークに刺して口へと運ぶ。
「……うんうん、しっかりした味があって、身から旨味が出てくる」
切れ端程度の量としっかりと身がある場合では印象が大きく違った。
脂肪分が多い部分ほど旨味が強く、何の鳥かは分からないが、癖の少ない美味しい肉だと思った。
するとそこでスープに手をつけていなかったことに気づく。
今度はスープカップの取っ手を持ち、空いた方の手でスプーンを握る。
顔を近づけるとコンソメのような香りがして、不思議と心が和むような気がした。
まだ熱そうなため、少量をすくってなめるように飲む。
タマネギがたっぷりと使われていて、甘みとまろやかさが引き立っている。
この世界にコンソメスープの素は売っていないはずで、優しい味つけはマリオの腕によるものだ。
ステーキとスープのどちらも完成度が高く、これだけの料理があればもう少し繁盛してもいい気がしてきた。
「……あれ?」
やけに静かだと思い顔を上げると、他の三人も食事に夢中になっていた。
クールなラーニャでさえも早いテンポで切っては口に運びを繰り返している。
そして、マリオはそんな様子を離れたところから微笑ましそうに見ていた。
俺は気を取り直すようにグラスに入った水を口に運んだ。
マリオの口から閑散としている理由を聞きたいと思った。
何かを言いづらそうにしている節も見られたので、もしかしたら悩みがあるのかもしれない。
お節介だったとしても、これだけの料理と丁寧な仕事ぶりを見た以上は放っておけいないと思った。
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