ダークエルフの帰還

ダークエルフとの邂逅

 彼女の風貌は一見するとエルフのようだが、アデルや妹のエステルとは特徴が異なる。

 褐色の肌に白銀の長く伸びた髪、肌の露出が多い衣服。

 固い表情からは警戒心と敵意を感じる。


「マルクさん、目の前にいるのはダークエルフっすわ」


「よかった、無事でしたか」


「何とか避けれたもんで。それよりこんなところにいる理由が分かりやせん」


 ルカは埃を払うように自分の肩の辺りに手をやった。

 いつも通りのように見えるが、彼にしては珍しく緊張感がにじんでいる。


「暗殺機構の手の者か。二対二で拮抗しているように見えるが、私の方が有利だ。抵抗するな」


 彼女の声は洞窟の冷たい壁を通じて深く響き渡る。

 いつの間にかゴーレムが動けるようになったようで背後に気配を感じた。

 ダークエルフの女は魔法の扱いに長けており、耐久性に勝るゴーレムで押し切られたら勝ち目はない。


「俺たちはここを調査に来ただけです。あなたに危害を加えるつもりはない」


 俺は腰に携えた剣を鞘に入ったまま地面に置いた。

 ルカもそれに倣うように剣を手放した。


「ところで暗殺機構なら、始まりの三国の圧力で解体されましたよ」


「……それは本当か? にわかに信じがたい」


「何言ってんの、ダークエルフの姉ちゃん。ベルンが暗殺機構を失って落ち目なんて、知らない方がおかしいってもんで」


 ルカの言葉に女は怪訝そうな顔になる。

 しかし、俺たちの話に信ぴょう性があると感じたのか、わずかに表情を緩めた。


「洞窟で身を潜める生活は長かった。どのみち、いつか出ようと思っていたのだ。お前たちの話を信じてやる。ただし、ごまかしがあればどうなるかは分かるだろう?」


 ダークエルフは鋭い眼光を送って圧力をかけてきた。

 ここで怯んではいけない。


「分かりましたから、落ちついて話しましょう」


「この洞窟に隠れるまで、暗殺機構に狙われる日々が続いたのだ。落ちついてなどいられるか」


「まずは名前を聞かせてもらえませんか? 俺はマルクでこちらはルカさんです」


 逃げ出そうとすれば追撃される。

 力押しでいけばゴーレムと彼女に挟み撃ちされる。

 突破口を見出すべく、眼前のダークエルフと対話を続ける。


「……私の名前はラーニャ。そのゴーレムはイワオさんだ」

 

「ラーニャ、よろしく」


 ゴーレムの名前については触れずに会話を続ける。

 俺が呼びかけるとラーニャは険しい表情を見せた。


「私の方が年上だ。呼び捨てはやめてもらおう」


 ダークエルフもエルフに含まれるならば、成人女性の見た目であればそれなりの年齢なのだろう。

 具体的な質問は避けつつ、彼女に従っておいた方が無難と判断した。


「……分かりました。ラーニャさん」


「それでお前たちはこんなところで何をしている?」


 ラーニャは鋭い眼光を保ったまま、こちらへ問いかけた。


「ここは古代人の遺構みたいで、探索に来ました」


「古代人……ああ、そのような気配が見られるな」


「少しは信じてもらえますかね」


 ラーニャからルカに視線をずらす。

 彼は小さく頷いて、このまま話を続け方がいいと判断した。


「ずっとここにいるわけにもいかないでしょうし、一緒に外に出ませんか? 危害は加えないことを約束します」


「……分かった。どういうわけかお前からはかすかにエルフの魔力を感じる。ひとまず信じるとしよう。しかし、何かあれば分かっているな?」


「あなたを傷つけるようなことはしません。ご心配なく」


 念押しするように伝えると、ラーニャはおもむろに目を閉じた。

 そして数秒後、何か魔法を発動したような気配があった。


「ありがとう、イワオさん」


 ラーニャの声の後、ゴーレムがゆっくりと地面に崩れ落ちた。

 人型の巨体は大きな岩に分かれて動かなくなった。


「では、外に行きましょう。荷物は大丈夫ですか?」


「このカバンに全て入っている。問題ない」


 ラーニャとは出会ったばかりで距離が縮まる様子は見られない。

 それでも地上に同行してくれるようだ。


 三人で第二階層から第一階層へと移動して、洞窟の入り口に戻ってきた。  

 今は午前中のはずなので外はまだまだ明るい。

 差しこむ光で視界が保てるのを確認できたところでホーリーライトを消した。


「外にいるのは全員あっしらの仲間なもんで、そう警戒せんでも大丈夫っすわ」


「こんなところで野営するほど、洞窟内のものに魅力があるのか」


 ラーニャはキャンプのある方向を見て言った。

 入り口を通過するとキャラバンが設置したテントが見えてきた。


「あそこにリーダーがいるので、まとめて説明しますよ」


 ぎこちない空気を感じつつ、洞窟からキャンプのところまで戻った。

 サムエルが先に引き返したことで、ゴーレムの件が伝わっている様子だ。

 ほとんどの人が外に出ており、ざわついた状況になっている。


「もう、ゴーレムが出たなんて聞いたから心配しちゃったよん」


「社長、問題ないっすわ。それより、この姉ちゃんが訳ありみたいで話を聞かせてもらいやしょう」


「……そ、そうだね」


 ブラスコはラーニャの姿を見て緊張したように表情を固くした。

 彼女の鋭い眼差しあるいはダークエルフであることが関係しているのだろう。

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