キャンプと夕食

 ルカとの鍛錬を終えたところで夕食の時間が近づき、二人でキャンプの方に戻った。

 夜を迎えた藍色の空には星がちらほらと輝き始め、キャンプの中心に設置された焚き火が暖かく迎えてくれた。

 周りには椅子が置かれていて、ベナード商会の関係者が何人か座っている。

 傍目には食事の準備を進めるエンリケたちの姿も見える。


「どうぞどうぞ、好きなところに座ってください」


 座っていいものかと立ち止まっていると、ベナード商会の人が声をかけてきた。


「ありがとうございます」


「先ほどの剣技お見事でした。ルカさんと互角に打ち合えるなんて素晴らしい技術をお持ちだ」


 俺が腰を下ろすと同じ人が話を続けていた。

 日に焼けた肌と黒い髪からして、リブラ出身なのだろう。

 服装もブラスコとエンリケのものに似た風合いだった。


「いやまあ、ルカさんは本気を出してないみたいだったので」


「ご謙遜を。申し遅れましたが、サムエルと申します」


「マルクです。よろしくお願いします」


 サムエルは三十代ぐらいで体格のいい男だ。

 口ひげを生やしており、目は大きく柔和な顔つきをしている。


「ちなみにサムエルさんは探索のメンバーですか」


「はい、そうです。ルカさんのように戦えるわけではないので、ポーター的な役割が中心です」


「――皆さん、食事の用意が整いました。召し上がってください」


 会話の途中でエンリケが全体に呼びかけた。

 横長のテーブルに料理が乗った皿が並んでいる。

 セルラで新鮮な食材を手に入れたおかげで、手のこんだ料理が作れるとエンリケが発奮していたのを思い出す。


「エンリケの料理は美味しいですよ。早速食べるとしましょう」


「そうですね」


 俺とサムエルは席を立ち、テーブルの方に移動した。

 料理は人数分用意されており、そのまま立った状態で食べられるようになっている。


 野菜とハーブをふんだんに使った牛肉の煮こみ料理。

 みずみずしい野菜と果物のサラダ。

 主食はセルラで売っていたパン。

 エンリケの皆をもてなそうという気持ちを表すように手作りの料理には力が入っている。 


 食事が始まるとキャンプは賑やかな笑い声と会話で満たされた。

 自然とサムエルと会話の続きをする流れになり、リブラについても教わることができた。


 リブラは各地の王国のように王を元首とするわけではなく、元々は遊牧民族が集まった集合体のようなものだった。

 時間をかけた話し合いと何度かの戦いの果てに国としてまとまった。

 それにはベナード商会を興したブラスコの影響も大きいという。


「リブラの首都タルファに社長が商会を構えて、遊牧民としての生活をしなくても成り立つことを証明しました。もちろん、反発する部族はいましたが、社長に共鳴したルカさんを筆頭に決して手出しはさせませんでした」


「なるほど、ブラスコさんは苦労人なんですね」


 離れた席にいるブラスコに目を向ける。

 従業員と食事をしながら談笑しているが、そんな苦労を見せないところは経営者として模範的だと感じた。


 サムエルと話しながら、おなじみのあれがないことに気づく。

 彼らのように宴を愛する人たち定番のはずなのだが。


「皆さんはお酒を飲まれないんですか?」


「明日も探索の予定があるため、一律に禁酒デーというやつです。社長は探索に行かないので、飲んだところで問題ないですが、自分だけ飲むわけにはいかないという考えですから」


「豪快なところがありそうで、規範意識が高いんですね。素晴らしい人だ」


 こちらの賞賛を前にサムエルは照れ隠しをするように頭をかいた。

 上司であるブラスコのことが自分のことのようにうれしいのだと思った。


「探索中の事故を防ぐのは当たり前ですが、他部族で深酒をした翌日に手痛い敗戦を喫したところがいまして……。それを未然に防ぐには皆で守るしかないと意見が一致した経緯があります」


 サムエルの話は興味深かった。

 ランス王国で生活していてそんな脅威はありえない。

 あるいは遠い昔に始まりの三国で和平が結ばれる前は似たような緊張感があったのかもしれない。


「とまあそんなわけで、代わりに飲んでるのがこれっすわ」


 ルカが近くにやってきて、手にしたグラスを置いてビンから何かを注いだ。

 一見するとワインのように見えるものの、酒は飲まないということはブドウジュース的なものということだろう。


「これはどうも」


「ささ、グイッといっちゃって」 


 グラスを傾けるとさわやかな甘みと濃厚な香りが漂う。

 酒の代わりにはならないと思うが、これはこれで美味しい。


「ブドウの味が特徴的ですね。この辺りの品種じゃないですか?」


「産地はまちまちですが、うちで扱っているブドウで作ったものです」


 こちらの質問にエンリケが答える。

 いつの間にか彼も輪に加わっていた。

 半分ほど空いたグラスにルカがおかわりを注ぐ。


「ささ、まだ予備はあるんで」


 食事が始まってしばらく経ち、キャンプ周りがにぎわっている。

 キャラバンの人がギターのような楽器を弾いて歌い出した。


「おお、初めて聞く旋律だ。これはリブラの音楽ですか?」


「昔から伝わる民俗音楽です。宴の時によく歌います」


 オリエンタル、アラビアン、あるいはエスニック。

 転生前の記憶を以てしても、どのように形容したらいいか分からない。

 未知の音楽ながら気持ちを高揚させて、不思議と元気が出てくる響きだった。

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