ルカとの鍛錬
「フレヤお嬢さんがランス王国もといバラムの町を気に入られたようなので、ブラスコ社長が影響を受けたようです。もしかしたら、こちら方面に支店を作ると言い出すような気がします」
「なるほど、それでコーヒーを格安で。ベナード商会がランス王国に納入を始めたら、商売の競争が激しくなりそうですけど、その辺りはどうなんでしょう。地元の人間として気になります」
支店が進出となるのなら、俺としてはこのような懸念がある。
エンリケはテーブルの上で腕組みをして、考えるような間があった。
すぐに考えがまとまったようで話を続ける。
「その点は問題ないでしょう。地元の商圏と重複しないような取り扱い商品が中心になると思います。ランス王国で手に入るものをリブラの商会が売ったところで、利益は知れていますから」
「安心しました。ブラスコ社長は気のいい人に見えますけど、さすがにランス王国の商業を混乱させるようであれば、いい気はしないので」
「時にのほほんとしていますが、とても視野の広い方です。ランス王国に損害を与えるようなことはないと誓って言えます」
エンリケの言葉は力強く、ブラスコへの信頼を感じ取ることができた。
その後も近隣の情勢や物価の動向について話した後、揃ってカフェを後にした。
セルラの町での買い出しを終えてキャンプに戻る。
思ったよりも長く話しこんでしまい、すでに夕方の時間だった。
近くにそびえ立つ岩壁に夕日が映り、橙色に染まっている。
俺は今日の出来事を用意されたテントの中で振り返っていた。
簡易的なベッドと椅子が設けられ、冒険者の野営に比べると充実した装備だった。
遺構は年代不明の宮殿のようなものがあり、遠い昔に人の営みがあったような気配が感じられた。
長い年月が経過する中、地元民が立ち寄ることはなかったようで希少な鉱石やヒーリンググラスのような野草が見られる。
ちなみにブラスコの厚意で採取で得られる利益を分配してもらう予定である。
「まずは従業員を増やして、肉の質を上げて廉価から高級まで幅をつけられたら、客層を拡大できるかもしれない」
日本の言葉で捕らぬ狸の何とやらという言葉があったはずだが、今回のように貴重な素材が手に入るとなると、希望を抱かないことの方が難しい。
探索が成功した暁には、手始めにフレヤとシリルの頑張りに報いるために給金を増してあげたい。
「――どうも、ルカっすわ」
「はいはい」
淡い夢想に浸っていると、テントの外からルカの声が聞こえた。
俺はもたれかかっていた椅子から背中を起こす。
玄関代わりの幕を開けると正面にルカが立っていた。
「夕食前にちょいとばかし運動しやせんか?」
「ああ、いいですよ」
「道具はここにあるんで、手ぶらでいいっすわ」
「それは助かります」
俺はテントを離れてルカと歩き出した。
キャンプの中心に差しかかると、エンリケと商会の数人が夕食を準備中だった。
協力して進めているのが見て取れて、見事な連携に目を見張る。
夕方の涼しい風に乗って、煮炊きするいい匂いが漂っていた。
やがてキャンプから少し離れたところにある、開けた平地に出た。
ここなら動き回るのに遠慮はいらないだろう。
「鍛錬に槍だとイーブンじゃなくなるんで、あっしもこれを使いやす」
ルカはそう言った後、二つのうち片方の木剣を投げてよこした。
しっかりと受け取って手の感触を確かめる。
握りに問題はなく、片手で剣を構えた。
「ルカさんと手合わせするのは初めてですね」
「そうっすね。ケガないようにゆっくり開始といきやしょう」
「そんな感じでお願いします」
ルカはまだ本気ではないようで、ゆったりとした構えを見せている。
お互いに間合いを測りつつ、交互に打ちこんではかわしを繰り返す。
ランス王国の冒険者とは異なる振り方のため、これが実戦だったら苦戦することは間違いないと思った。
「さてと、準備運動はこんなところにしやしょう」
「ではそろそろペースを上げますか」
俺は柄を握る手に集中を向ける。
少し打ち合っただけでもルカが手練れの戦士であることが分かり、適度な緊張感と熟練者と鍛錬ができることへの期待に胸が高鳴っている。
あいさつ代わりとばかりにルカが打ちこんでくる。
風を切るような素早い剣戟――それを動きを見極めながら回避する。
師匠との鍛錬を受けたばかりで身体が軽い。
思い通りに足を動かせるような軽快さに心が躍る。
「では、こちらの番ですね」
「さあさあ、遠慮なく打ちこみやしょう」
ルカが相手なら手加減は不要だ。
胸を借りるような気持ちで剣戟を繰り出す。
剣の振りも軽快で連動した攻撃ができている。
しかし、ルカの動きはそれを上回っており、会心の一撃も紙一重で回避された。
「人間離れした動きですね。決まったと思っても当たらないなんて」
「いやいや、マルクさんもやるもんで。ギリギリでかわした一発は危なかったすわ」
「よかったら、もう少し付き合ってもらえます?」
「そりゃもちろん」
ルカはニコッと笑って剣を構え直した。
それに応えるように渾身の力をこめて踏みこむ。
――それから日暮れまで鍛錬を行った。
いつの間にかキャラバンからギャラリーが訪れており、鍛錬が終わったところで彼らから拍手と喝采を浴びた。
「お疲れっした。それだけ動けるなら、冒険者でもやれるっすわ」
「お手合わせありがとうございました。ルカさんから学べることは多いと思うので、またご一緒させてください」
「ははっ、いつでも歓迎するんで」
ルカと笑顔で言葉を交わして、彼に木剣を返す。
キャラバンの人からのねぎらいの言葉を心地よく感じた。
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