ブラスコとの情報交換

 ブラスコの話を聞いていると途中で彼がもじもじするような動きを見せた。

 彼のことをよく知らないので、声をかけるべきか決めかねる。

 もしかして、トイレに行きたいのだろうか。


「フレヤちゃん、お腹空いちゃった」


 どうやら、尿意ではなく食欲の方だった。


「私も何か食べたい気分かな。この近くにいいお店はある?」


 フレヤが俺とアデルを見てたずねた。

 そば屋は美味しかったが、俺たちは食べたばかりだった。

 お腹が膨れていると食に関するアイデアは出にくい。


「それなら近くの茶店に案内するわ。団子が美味しい店なのよ」


 さすがはアデルだ。

 時間をかけずにさらりと答えた。


「チャミセ、ダンゴ……未知なる響き。アデル様、案内してくださいまし」


「あれ、あなたに名乗ったかしら?」


「鮮やかな赤髪と常人ならざるオーラ。そんな方はアデル様しかいないですよー」


 ブラスコは偉ぶらないどころか、気に入った相手に媚びるところが見受けられる。

 たぶん本心からだと思うが、根っからの商人気質でそうなってしまうのだろうか。


「まあとにかく、近くの茶店に案内するわ」


 言われた方のアデルだが、悪い気はしないようで気に留めていない。

 

 サクラギの人たちは奥ゆかしいところがあり、俺やアデルのように見た目が違う者が歩いていても注目することは滅多にない。

 しかし、ついさっき町を騒がせたばかりのため、フレヤとブラスコを遠目に見ている人がちらほらといた。

 二人はそんなことはどこ吹く風といった様子で、アデルに案内された茶店に移動した。


「ふーむ、ここがチャミセ」


 店の前に到着すると、ブラスコは上から下まで店構えを眺めるように頭を動かした。

 フレヤはそんな父を気に留めず、アデルと店の中に入っていく。

 

 彼女たちが店の人を呼びに行ったようなので、ひとまず軒先の席に腰かけた。

 大きな和傘が据えつけてあり、いい具合に日光を遮っている。

 店構えを見ていたブラスコが隣に腰を下ろした。


「婿殿、調子はどうだい?」


 大商会の社長とは思えないような穏やかな声だった。

 俺のことを気に入ってくれるのはありがたいが、彼ほどの立場の知り合いはいないため、緊張と居心地の悪さが混ざり合うような感覚になる。


「おかげさまで店は順調で……といっても、しばらくはフレヤと手伝いを希望した若者に任せていたんですけど」


「フレヤちゃんから聞いた感じだと、売上は好調みたいだよ。ランス王国は治安が安定しているし、街道沿いの交易も堅調だから、わし的には推している地域だったり……今のはここだけの話で。てへへっ」


 灯台下暗しという言葉が日本にあったと思うが、ランス王国をそんな視点――広い視野で商機がどこにあるか――で見たことはなかった。 

 ブラスコの才覚は優れているはずなので、彼の目には違う景色が見えているのだと理解できる。


「遺構はキャラバンで巡る途中に見つけたわけですもんね」


「まあ、そういうこと」


 暗殺機構の件からそこまで時間は経っていないため、秘密裏に動けば王城の関係者が警戒心を抱くはず。

 俄然、彼の行動に興味が湧いてきた。


「もしかして、城の方面とも連携済みだったり?」


「そこはまあ、想像にお任せってことで。話せる範囲だと遺構を調べるのに地元の冒険者の協力は得ているよ。あと、うちのルカがいないんだけど、あの男も調査に同行してたり」


 限定的な情報とはいえ、こうして打ち明けてくれることに喜びを感じる。


「フレヤのお目付け役だった人ですよね。強そうだったので、探索に向いてそう」


 フレヤとは婚約していない上に婿殿と読ばれているだけだが、ブラスコとの会話が義理の父親と話すような感じがして、少し恥ずかしい気持ちになった。

 いつか結婚するとして、妻の父親がこんなふうにフランクならばやりやすいはず。


 情報交換に区切りがついたところで、アデルとフレヤがお盆を持ってきた。

 緑茶の入った湯呑みと横長の皿にたっぷり乗せられた団子の数々。


「お父さんお待たせー。アデルにおすすめを教えてもらって、注文してきたから」


「ありがと、フレヤちゃん!」


 ブラスコは目を輝かせて団子を見つめていた。

 スイーツを前にした少女のような純真さを感じさせる。

 当然ながら、外見は丸い体型の中年男性なのだが。


「私たちはお茶で十分よね」


「はい、ありがとうございます」


 アデルから湯吞みを受け取ると、彼女はブラスコと反対側に腰を下ろした。

 フレヤとブラスコは団子を食べ始めている。


「二人と一緒にランス王国に戻りますけど、アデルはどうします?」


「さっきの客車に乗れるなら、私も戻ることにするわ。最近の拠点はバラムの町になっていたから」


「ハンクはサクラギに残りますけど、アデルまでとなったら寂しいので……それが聞けてよかったです」


「あら、うれしいことを言ってくれるのね」


 そう言ったアデルの横顔は美しかった。

 まるで女神のように手の届かない存在。 

 彼女の美貌に見惚れていると、横からツンツンと突かれた。


「婿殿、話は聞かせてもらった。アデル様の分の席なら……あるよ」


 ブラスコはわざとらしく間を空けて言った。

 それだけ伝えたかったようで、再び団子を食べ始めた。 

 

「あっ、聞こえました? 客車の空きがあるみたいですよ」


「ええ、もちろん。一緒に帰らせてもらうわ」


 遺構のことが気にかかるところだが、まずは四人で帰ることになりそうだ。

 ほどよい温かさのお茶を口に含むと、ほっこりするような気持ちになった。

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