ベナード商会と新たな遺構

フレヤとの再会とマルクへの朗報

 焼肉屋の常連であり、旅の仲間でもあるハンクが幸せならうれしく思う。

 サユキとお似合いなので、彼の幸せを願うばかりだった。

 二人の仲睦まじい様子にほっこりした気持ちになる。


 からし菜の天ぷらを味わいつつ、やがてそばを完食した。

 薬味のわさびがいい風味で、おでんのからしと同じように欠かせないと思った。

 前回はかけそばだったが、今回のざるもなかなかの味で満足だった。

 

 全員が食べ終えたところで勘定を済ませて店を出る。

 ちょうどお昼の時間で柔らかな陽光が通りに差していた。


「マルクたちには話したかったから、伝えることができてよかったぜ」


「こちらこそありがとうございます」


「これからサユキと出かけるから、それじゃあな」


「また会いましょう」


 ハンクは笑顔で手を振り、サユキは丁寧にお辞儀をして去っていった。

 遠ざかる背中を眺めながら、旅の日々をしみじみと思い返した。


「二人とも幸せそうでしたね」


「ハンクがサクラギに根を張るとは驚いたわ」


「そういえば、アデルの今後はどんな予定なんですか?」


「フェルトラインやヤルマに行って、料理や旅の情報が増えたから、久しぶりに紀行文を書くのもいいと思っているわ」


「いいですね。アデルの書いた本は見たことがないので読んでみたいです」


 アデルと口々に感想を言った後、町のどこかで騒ぎが起きている気配がした。

 音の聞こえ方からして、そう遠くない距離のようだ。


「あれ、何かあったのか」


「こんなふうになるなんて珍しいわね」


「見に行ってみましょうか」


「ええ、そうしましょう」


 二人でそば屋の前を離れて歩き出した。

 騒ぎが起きている場所は見物人がいることで、すぐに見つけることができた。


「……馬車? いや、つながれているのは馬じゃない」


「初めて見るわ。あれは竜なのかしら」


 珍しい生きものが客車を引いていた。

 サクラギの人たちも物珍しいと感じたようで、何人もの人が注目している。


「あっ、マルク!」


 客車の方から名前を呼ばれた。

 聞き覚えのある声に視線を向ける。


 栗色の髪とアラビアンな衣服。

 どこか東洋風な面影のある整った顔立ち。

 留守の間に店を任せていたフレヤだった。


「あれ、どうしてこんなところに?」


「実はお父さんが話したいことがあるみたいで、一人にするのは心配だからついてきちゃった」


「やっほー、婿殿」


 客車から大柄な男が身を乗り出した。

 たしかフレヤの父親のブラスコだ。

 フランクなノリだが、べナード商会の社長である。

 

 二人と話していると兵士の一人が小走りで近づいてきた。

 おそらく騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。


「失礼いたします。こちらの方々はマルク殿のお知り合いで?」


「はい、お騒がせしてすみません」


「いえ、問題ありません。ただ、馬車と同じように町の外に停めて頂きたいのですが」


 ブラスコがただ者ではないと察したようで、兵士は言葉を選びながら話している。

 まるで日本人のような丁寧な態度に懐かしい感覚がした。


「ごめんなさい。すぐに移動させます」


「ささっこちらへ。ご案内いたします」


 落ちつかない状況になっていたが、フレヤ親子と珍しい生きものの荷車が去ったことで静かになった。

 町の人たちは何ごともなかったかのように去っていく。


「ねえ、さっきの男性が婿殿って言っていたけれど」


 話すタイミングを見計らったようにアデルが口を開いた。

 ハンクの結婚話を聞いたばかりなので、彼女が興味を抱いたとしてもおかしくはない。

 

「さっきの人はべナード商会の親分で、娘のフレヤと結婚して跡継ぎになってほしいみたいです」


「ああ、なるほどね。見覚えがあると思ったらブラスコ社長だったわ。それにしてもすごいじゃない。商会の後継者なら将来はお金持ち確実よ」


「いい話だと思うんですけど、まだ色んなところを見てみたいですし、後継者ともなれば融通が利かないことも増えると思います。焼肉屋の店主の方が気楽かなと」


「なるほど、それも一理あるわね」


 こちらの答えにアデルは納得するように頷いた。   

 二人で待っているとフレヤとブラスコが歩いてきた。


「いやはや、サクラギという国は興味深い。初めて来たけども、気になることが目白押しだ」


「ほらお父さん。今回はゆっくりする時間はないよ」


「もうフレヤちゃんたら手厳しい。それで婿殿、面白い話を持ってきたよ」


 俺が喜ぶようなプレゼントを持ってきたと言わんばかりの表情。

 フレヤもどこかそわそわしている。


「サクラギまで来てもらったのですから、ぜひ聞かせてください」


「いいね、わしが見こんだだけのことはある」


 ブラスコは満面の笑みを浮かべながら話を続ける。


「ランス王国で何か商売を始めようと思って、キャラバンを連れて国内を回っていたら、手つかずの遺構を見つけちゃった!」


「……えっ? すみません」


 遺構という言葉は知っているが、どういう意味だっただろうか。

 話についていけないことで、冒険者を離れて久しいことを実感する。


「つまり、新しいダンジョンを見つけたということね」


「ああ、そういうこと……ってすごいことでは?」


 アデルが補足してくれたおかげで、ようやく理解が追いついた。

 ブラスコはフレヤを同行させて、そのことを俺に伝えに来てくれたのだ。

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