からしがないと物足りない
屋台は意外と大きさがあり、四人ぐらいは同時に使えるだけの広さがあった。
熱燗とおでんでいい気分になっていると、地元の人らしき男がやってきた。
この屋台の常連客のようで注文の仕方が慣れている。
「大将、からしはまだ入らないんかい?」
「へえ、相変わらず品不足が続いてまして。うちの単価でからしをお出しするには有料にするしかないんですよ。割高になるので扱いは控えてます」
店主は俺やアデルと話すのに比べて、向こうのお客にはフランクな話し方をしている。
風情のある屋台の常連とはいいものだ。
同じく飲食店を営む者として、好感の持てる関係性だった。
「こちとら、からしが有料になろうが気にすることはないが、あんたの心根が納得できねえってことだろ?」
「ほんにその通りで。見透かされちまってますね」
「足しげく通えば分かるってもんよ」
二人のやりとりにキリがついたところで、俺は会話に加わろうと話しかける。
「すみません。今はからしが希少なんですか?」
「これは失礼。一見さんに聞かせる話じゃなかったね」
店主が申し訳なさそうにした後、常連風の男もばつの悪そうな顔をした。
「その点はお構いなく。からしの材料はからし菜ですよね。サクラギ周辺なら自然も豊かですし、栽培もしてそうですけど」
こちらが疑問を提示すると、常連風の男が身を乗り出して話し始めた。
「あんちゃん、あんたは異国の人だね」
「はい、マルクです。こちらはアデル」
「そうかいそうかい。手前はダイキチ。城下町で細工職人をやってる」
「ええと、話の続きを」
こちらが促すとダイキチはそうだった、と大きなリアクションをした。
「からし菜は栽培もしてるんだが、天然の方が辛みが強いって話だ。そうだよな、大将?」
「へえ、その通りで。栽培されたものじゃあ、おでんに合うようなピリリとした辛みが出ませんな」
「ってわけで天然のからし菜が必要不可欠なわけなんだが、どうも採取地周辺に脱獄した盗賊が出没したっていうのがもっぱらの噂でな。当主ゼントク様からお触れが出て、今じゃ道が封鎖されてるらしい」
屋台の主人と町人の世間話。
まるで時代劇を見ているような光景だった。
「からし菜はともかく物騒な話ですね。こういう時は自警団か何かあるんですか?」
レイランドから戻ったばかりなので、自警団という発想になった。
サクラギは平和な雰囲気のため、警察的な団体があるような感じはしない。
「お客さん、そういう時は城の方々が動いてくださいます。普段は見回りや兵士としてのお勤めが中心なのですが、悪人を捕らえることもやられてます」
「なるほど、サクラギはそういう仕組みか」
「この国にギルドはないもので、冒険者に頼るわけにいかないんでしょう」
店主の説明は分かりやすかった。
サクラギの事情をさらに理解することができた。
「興味深い話だわ。この味に合う香辛料があるなら食してみたいから、からし菜探しに行ってみるのもいいわね」
コンと屋台の台におちょこを置いて、アデルが口を開いた。
彼女の言葉に遠慮がちに店主が申し出る。
「アデルさん、採取地の方は野生のイノシシが出ますし、あんまり近づかない方が」
「大丈夫よ。彼は元冒険者だし、仲間を集めて行くから」
アデルはほろ酔い加減で、止めてくれるなと言わんばかりの気勢である。
俺も同意見でおでんにからしは必要だと思う。
「バラムに戻る予定でしたけど、そんなにはかからないでしょう。協力しますよ」
「やったな、大将。これでからしが戻るんじゃねえか!」
「へえ、からし菜が流通すればすぐに出回りますな」
「景気のいい話だ。さあ、大将も一献いってくんな」
ダイキチに勧められて、店主も酒を飲み始める。
皆が盛り上がっていて、いい雰囲気だと思った。
それから、俺とアデルは支払いを済ませて屋台を後にした。
けっこうな量を飲み食いしたが、控えめな金額だった。
店主は上機嫌だったので、代金に手心を加えてくれたのかもしれない。
「思わぬ寄り道ですけど、こういうのもたまにはいいですね」
「あなたと出会ったばかりの頃を思い出すわ。たしか、貴腐ワインを探しに行ったら、見つけたボトルが崩れてしまったわね」
「あの後に作った七色ブドウのワインは美味しかったですよ」
「そうね、ずいぶん前のことのような気がするわ」
エルフは人間よりも寿命が長いので、時間の感覚が異なるのだろう。
それでも、俺も同じような心境だった。
「王都に行った時のことも昔のような感じがします」
「色んなことがあったわね」
「……そういえば、ハンクのことを忘れるところでした。町の修繕はまだあるみたいなので、からし菜の件はミズキとアカネに手伝ってもらいましょうか。サクラギでの脱獄が関わっているようなので」
「盗賊は一人みたいだから、アカネだけでも余裕かもしれないわ」
アデルと話しながら夜の町を歩く。
周囲にかがり火や行灯はあるものの、そこまでの明るさはなく、夜空に浮かぶ星の輝きがよく見えている。
熱燗を飲んで温まった顔に冷えた夜気が触れ、じわりと心地よさを覚えた。
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