残党の制圧

 俺とアデルが身を潜めているとアカネがほとんど音を立てずに戻ってきた。

 倉庫の中は薄暗いため、急に現れたように見えて驚きそうになる。


「残るは火薬を守っている者のみとなった。火薬に近づいた際はお二方の魔法が要になる。どうか抜かりないよう頼む」


「もちろんです」


「任せておいて」


 アデルほどではないが、魔法の扱いには一定の自信がある。

 エルフの村でコレット師匠に鍛えてもらったことも大きい。


 残すはあと一人。火薬に引火すれば街に危険が及ぶのはもちろんのこと、近くにいる俺たちは軽いケガでは済まないだろう。

 デックスの残忍さを考慮するならば、手下が暴挙に出たとしてもおかしくない。

 乘りかかった舟とはいえ、なかなかに危険な作戦になる。


「お二方、ここからは足音にご注意を」


 アカネは指示を出してから、先へ先へと足を運んでいる。

 倉庫の足元は細かい埃や砂利が落ちているようで、気をつけていないと着地した拍子に音が出てしまう。 

 足を障害物にぶつけないように注意しつつ、すり足でアカネに続いた。


 思いのほか足取りがゆっくりになり、時間の経過が長く感じられた。

 薄闇の中を進んだ先に明るくなっている場所が目に入った。


「むっ、これはまずい。男が松明(たいまつ)を使っている」


 アカネの声は緊張の色を帯びている。

 意図的にあるいは、何かの拍子で着火すれば無事で済むわけがない。

 彼女の指示を待つべきか考え始めたところで、後ろにいるアデルに肩を叩かれた。

 

「巻き添えになるのはご免よ。最初から出力を上げて一気に凍らせる」


「はい」


 アデルの提案に応じた後、体内を流れる魔力に注意を向ける。

 勝負はわずかな時間で決まる――中途半端な手加減は命取りだ。


「お二方、先は任せた」


 アカネは俺たちの狙いに気づいたようで、先への道を譲ってくれた。


「さあ、行くわよ」


「はい」


 俺とアデルは肩が触れるような近さで横並びになった。

 呼吸を合わせるように目で合図をして、正面へと飛び出した。


「「――アイシクル!」」


 二人同時に氷魔法を発動したことで、周囲に冷風が巻き起こる。

 凍てつく冷気が男に向かい、首より下のほとんどの部分が氷漬けになった。


「……えっ? はっ?」


 男は間の抜けたような声を出した。

 その反応からして、魔法になじみがないのだろう。   

 知識のない者にとって魔法で急襲されるのは、幻を見せられているのと大差ないものかもしれない。


「アカネさん、これで最後で間違いないです?」


「うむ、間違いない」


 アカネの返事を確認してから、ホーリーライトを唱えた。

 続けてアデルも同じ魔法を唱えたため、暗い室内に二つの丸い光球が浮かんでいる。


「魔法というのは便利なものだな」


「適性があればアカネさんもできますよ」


 アカネはそれもよいなと口にしてから、男の奥に置かれた木箱に近づいた。

 そこには「取り扱い注意」と書かれている。

 

「これが火薬か。この箱に引火していたらひとたまりもなかった」


 箱の大きさは両腕で抱えられるぐらいの大きさだった。

 そこまでの量ではないと思いかけたところで、後ろ側に金属製のロッカーのようなものが目に入った。


「アカネさん、これ……」


 木箱と同じく注意書きが貼られている。

 中を確かめるまでもなく、この中に火薬が入っているのだろう。

 

「拙者が偵察した時は薄暗くて気づかなかった。この者たちの狙いはこれだったのか」


「この中いっぱいに入っているのなら、けっこうな量になるわね」


「どうします、開けてみますか?」


 ロッカーは施錠できるようだが、カギが差しこまれて開いている。

 

「この先は我らの役目ではない。自警団の方々に任せよう」


「そうですね、それがいい」


 中を見た程度で爆ぜるとは思えないが、なるべく火薬を刺激したくないと思った。

 ちょうど俺が一番近かったので、慎重な手つきで施錠してカギを抜く。


「そういえば、この男はどうするの?」


「逆に質問だが、この氷は溶けてしまわないのか?」


「魔法の氷ですけど、しばらくは溶けませんよ。二人でまあまあの魔力をこめたので、最低でも半日はもつはずです」


「承知した。それでは自警団に引き継ごう」


 アカネは納得した様子で踵を返した。

 他に仲間がいないようなので、男はこのままにしておいても問題ないだろう。

 戦意喪失しているし、氷漬けのままでは引き渡しも容易ではない。

 

 念のため周囲を警戒しながら、来た時とは別のルートで引き上げる。

 アカネは夜目が利くかのような足取りだが、人知を超えた能力のような気もするので、あえてたずねようとは思わない。


 火薬の保管場所からいくらか歩いたところで、正面の入り口と思われる場所に出た。

 アカネが高さのある鉄扉を左右に開くとガラガラと大きな音の後が立った。

 少しの間をおいて、外気とわずかな明かりが入ってくる。


 三人で外に出るとギュンターが離れたところから駆け寄ってきた。


「その様子だと成功したみたいだな」


「拙者の力など微々たるもの。お二方の協力あってこそ」


 アカネは俺とアデルをねぎらうような言葉を口にした。

 彼女にしては珍しいことだと思った。


「ちなみに残党のうち二人はアカネさんが気絶させて、残りの一人は魔法で氷漬けになってます」


「マルクもとんでもないな。料理ができて魔法が使えるとは」


「以前は冒険者だったので」


「なるほどな」


 無事に解決して、張り詰めていた空気が緩んだような気がした。

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