街外れの倉庫へ

 自警団の力を借りれば人数を集められるが、火薬庫に集団で近づくことで気づかれる可能性が高まる。

 忍びこんだのが一人であればアカネだけで制圧することも可能だが、複数いる場合を想定するならば彼女単独ではカバーしきれないことも起こりえる。

 これらの条件を加味した時、最低でも二人以上の人数は必要だった。


 方針がまとまったところで、俺とアデル、アカネとギュンターの四人で目的地に向かった。

 街中を駆け抜けると、ギュンターの案内で火薬庫に通じる道に出た。

 

 道の先に見える火薬庫はレンガ造りの倉庫のような見た目で二階建てのようだ。

 この辺りには人が立ち寄らないようで、周りのあちこちで雑草が伸びている。

 今まさに日が沈みかけているのは、こちらに好都合だと思った。


「正面からでも入れるが、無闇に接近すれば気づかれる。アカネが別のところから様子を見に行ってくれるか?」


「承知した。すぐに向かおう」


 アカネは素早い足取りで火薬庫の中に向かっていった。

 彼女が斥候を引き受けてくれるのは心強い。


「できれば火薬には近づきたくないわね」


「オレだってそうさ。それでも、残党をのさばらせるわけにはいかないんだ」 


「乘りかかった舟ですから、力を貸しますよ」


 そう伝えるとギュンターは感謝を表すように、俺の肩を小さく叩いた。


「ただの料理人が何を躍起にと思われるかもしれないが、身内が危険に晒された以上は引き下がるわけにはいかない」


 妹の娘であるレーニャを人質に取られたことが許せないのだろう。

 ギュンターからは義憤と同時に静かな怒りの念が感じられた。


 火薬庫から離れた場所で身を潜めていると、ほとんど音を立てずにアカネが戻ってきた。


「気づかれずに忍びこめたのだが、少なくとも三人は確認できた。そのうち一人が火薬らしきものを見張っている。一人では何かの拍子で気づかれた時に対処が間に合わない」


 アカネ独特の言い回しだが、ようするに俺やアデルの協力が必要ということだろう。

 

「それじゃあ、順番に倒していきましょう。それで火薬に近づいたら、俺とアデルの氷魔法で火薬を凍結させます」


「うーん、氷魔法なら可能だと分かっていても気が進まないわね」


「アデル殿、拙者が貴殿を守ると約束しよう。火薬に手出しする前に制圧して、それから氷魔法で危機を回避する。これでいかがだろう?」


 アデルの懸念は妥当なものだった。

 アカネはそれを理解した上で、協力を頼んでいるようだ。


「仕方ないわね。レイランドには私の書物の信奉者がたくさんいるみたいだし、一役買ってやろうじゃない」


「アデルの姉(あね)さん、頼もしいな」  


「……姉さん? まあいいわ。こうしている間も危険が迫るでしょうから、サクッと解決するわよ」


 こうして俺たちは作戦を開始した。

 倉庫内での役割がないギュンターには周囲を見張ってもらうことになった。

 彼一人では対処しきれない場合は自警団を呼ぶと約束して。


 アカネに従うかたちで、薄闇の広がる倉庫への進入を試みる。

 

 残党はこちら側の入り口をカバーするほどの人手はなかったようで、見張りの存在は見当たらない。

 足元がおぼつかない明るさで、こんなところに残党が潜んでいるのか疑問を抱く。

 アカネが斥候をしてくれなければ自警団に解決を任せて、我が身の安全を確保することを優先していただろう。

 

 日中の街は温かい天気だったが、倉庫の中はひんやりとした空気を感じる。

 置かれた状況も相まって身体がこわばっていた。

 このどこかにある火薬庫を目指しつつ、残党を制圧しなければならない。


 慎重に足を運んでいると、前方で人の気配がした気がした。

 俺が確信を持てないまま注視する間にアカネが素早く踏みこんだ。


 男の悲鳴がかすかに届いたが、かろうじて聞き取れる程度の大きさだった。

 この近くに残党の仲間がいない限り、すぐに気づかれることはないだろう。


 戦闘に備えて護身用の剣に手を添えたところで、アカネが軽やかな身のこなしで引き返してきた。


「これで残るは二人。我々の気配を気取られぬよう、この先も息を潜めて進まれよ」

 

 アカネは俺とアデルに小さい声で指示した。

 俺たちは無言で頷き、それを確認したアカネが先へと進む。


 倉庫に入って時間が経つうちに、自分がどこにいるのか分からなくなりそうになっていた。

 冒険者時代の経験が影響して思わずホーリーライトを唱えそうになるが、じっと耐えて周囲の状況に意識を向ける。

 アカネが見つからないように神経を集中させてくれている以上、魔法の使用は控えなければならない。


 時折アカネに注意点を教わりながら、薄暗い倉庫の中で歩き続ける。

 奥行きはどこまであるのかと思いかけたところで、二人目の残党を見つけた。

 今度の男は暗闇を優位に考えているのか、こちらから見える状態で立っている。


 アカネから制止の合図を受けて、俺とアデルは物陰に姿を隠した。

 その直後、彼女は流れる風のように敵へと向かっていった。

 

 わずかな間の後、男の短い悲鳴と何かが倒れる音が届く。

 今度も動きを封じることに成功したようだ。

 

「絶対に敵に回したくないタイプね」


「同感です」


 ため息と共にこぼしたアデルに同意を示した。

 明るさが制限された状況で気配を察知させずに忍び寄る。

 アカネの力量は忍者と呼ぶにふさわしいものだと思った。

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