モリウッドとの出会い

 コーヒーの香りから転生前の記憶が鮮明に想起されたが、気づけば意識は部屋の中へと戻っていた。

 ほんのわずかな時間だと思うが、白昼夢を見るような感覚だった。

 キッチンではロミーが朝食の準備をしていて、周囲の様子からギュンターたちが隠れ家的に使っている建物にいることが分かる。


 それから少しして、彼女が作った食事が机の上に並んだ。

 俺は気を取り直してロミーが用意してくれた朝食を食べた。

 

 食事の後、全員が揃ったところでモリウッド氏のところへ向かうことになった。


 宿から外に出ると朝日が燦々と輝いていた。

 路地はそこまででもないが、通りの方には通行人が多い。


「オレがモリウッドさんのところまで案内する。あらかじめ時間を伝えてあるから問題ないが、あの方はお忙しいから長居はしない予定だ」


「はい、了解です」


 ギュンターはこちらの反応を確認してから、路地を歩き出した。

 彼に続いて、俺と仲間たちは足を運ぶ。

 ちなみにロミーは留守番である。


 少しの間は人通りがまばらな道だったが、大通りに出ると通行人の数が一気に増えた。

 バラムとは比べようもないにぎやかさで、気をつけていないとぶつかりそうになる。


「大丈夫か? モリウッドさんのところまでもう少しある」


「すみません。ここまで人が多いところは初めてで」


 ギュンターがこちらを気づかうように横に並んだ。

 いかつい彼を避けるように前から来る人たちは距離をおいて歩いていく。

 そのおかげでいくらか歩きやすくなった。


 せっかくなので街の様子を見ようと思ったが、そんな余裕はない。 

 再びギュンターは先導するように前を進み、それを追うようについていく。


 人波をかき分けるように進んだ先で、洗練された外観の建物が目に入った。

 ギュンターはその近くについたところで足を止めた。


「ここはモリウッドさんの所有する店の一つだ。この中で待っている」


「ランス王国の王都でも、ここまでのお店は数える程度しかないですよ」


「そりゃそうだ。ここはレイランドの中でも有数だからな」


 ギュンターに案内されて敷地へと足を踏み入れる。

 入り口の前には正装で身を固めた男がおり、俺たちをうやうやしい所作で招き入れた。


「おおっこれは……」 


 思わず感嘆の声がこぼれた。

 床にはじゅうたんが敷かれて、天井は一般的な建物より高い。

 目に入る調度品は明らかに値が張りそうで、手を伸ばすのがためらわれるような高級感がある。


「モリウッドさんはこっちだ。みんな、ついてきてくれ」


 俺たちはギュンターについていくかたちで廊下を進んだ。

 ミズキは育ちがいいせいか、屋内の様子にそこまで驚いていないように見える。


 入り口から奥の方に大きめの扉があった。

 手の凝った模様が掘られており、こちらも値が張りそうな雰囲気だ。


「モリウッドさん、マルクたちを連れてきました」


 ギュンターが扉をノックして中に告げた。

 少し遅れて返事が返ってきて、俺たちは順番に中に足を運んだ。


「――ようこそ、お客人」


 中に入ると大きな執務机を挟んだ向こう側に初老の男がいた。

 座り心地のよさそうな椅子に座っており、くつろいだ様子でこちらを見ている。


「どうも、はじめまして」


 モリウッド氏は想像していたよりも小柄な人物で白髪だった。

 立派な口ひげを生やしており、整った身なりをしている。

 贅沢な服装には見えないものの、上質な素材を使った服のようだ。


「デックスには手を焼いていた。あの男を追放してくれて、本当に感謝しているよ」


 俺たちが立ったままでいると、部屋にメイドがやってきて椅子を用意してくれた。

 それに腰かけて、モリウッド氏との話を続ける。


「すでにご存じかもしれないですが、彼女がデックス捕縛を成功させました」


「サクラギから来た女性と聞いて眉唾だったが、貴女ならできそうだね。常人とはかけ離れた鋭い空気を纏っている」


 モリウッド氏はアカネの方を見て、穏やかな笑みを浮かべた。


「拙者は悪を裁いたまで。街の平和を乱す輩は成敗せねばなりませぬ」


 話を振られて、アカネは手短に答えた。


「ほう、謙虚でいいね。そちらの美人はサクラギのお姫様だったかな」


「うん、そう。モリウッドさんはレイランドにいっぱいお店を持ってるんだっけ?」

  

 ミズキはフランクな口調でたずねた。

 モリウッド氏が有力者であったとしても、一国の姫ともなれば許される態度なのだろう。


「ああその通り。レイランドは規模が大きな街だから、その中で店を持っているだけで十分な稼ぎになるんだよ」


 モリウッドはそう言った後、椅子から立ち上がって本棚に手を伸ばした。

 飲食店を経営しているだけあって、調理法やビジネスに関する本が並んでいる。


「ギュンターから聞いていたが、本当に美食家アデルにお目にかかれるとは」


 モリウッドは本棚から一冊の本を持ってきた。

 それをアデルの前に差し出して恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「よかったらサインをもらえるかね。ついでにモリウッドへと書いて頂けるとありがたい」


「こんな遠方でも私の書物があるなんて、なんだか不思議な気分ね」


 アデルは感想を述べた後、モリウッドから手渡されたペンでサインをした。


「貴女の美食紀行はどれも最高だが、特に自然の食材を味わう野食の回がお気に入りなんだ」


「それはどうも」


 俺の出る幕はないようだが、仲間たちがモリウッド氏と良好な関係になったようで安心した。

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