店主の事情

 再び食堂の中に足を運ぶと、昼時のピークはすぎて閑散としていた。

 給仕の女は俺たちが戻ってきた理由が分からないようで、戸惑いの色を浮かべたままこちらに近づいてきた。


「何かお忘れですか?」


「さっきの状況を見て、お手伝いできることはないかと思って」


 俺は簡単な自己紹介をして、アデルたちの素性も説明した。

 給仕の女は状況が理解できたようで、何度か頷いた。


「少しお待ちください。店主を呼んできます」


 女は厨房の方へと向かい、少しして店主が現れた。


「妻から話は聞きました。店主のカールです。彼女はドリスです」


 カールは穏やかな物腰で好感が持てるように感じた。

 外見の雰囲気は四十代ぐらいで、ドリスの方はそれよりも若く見えた。


「早速ですけど、さっきの男は何だったんですか?」


「どうやら、レイランドの高級レストランのオーナーがこの店を欲しがっているらしいのです。都市部は発展してきたので、これからはこの町のようにのどかなところが人気が出るようで」


「金に物を言わせて、そのまま居抜きで使おうという話ですか」 


「……ええ、おそらく」


 そう口にしたカールの表情は曇っている。

 種類は違えど同じように店を持つ者として、彼の気持ちはよく理解できた。


「さっきの様子だと断るだけでは埒が明かないようね」


「はい、昼夜問わずやってきて……」


 アデルが二人に投げかけると、ドリスが沈痛な面持ちで言葉を返した。


「よしっ、ここはあたしたちが力になってあげよう!」


 二人を励ますようにミズキが言った。

 それを後押しするようにアカネが賛同するような素振りを見せた。


「あの、ご厚意はありがたいのですが、具体的に何をしてくださるのでしょう……」 


「ううん、まあそれはその、悪徳オーナーを懲らしめるとか!」


「それは危険です。モリウッドは表向きはレストランの経営者ですが、裏では悪事に手を染めているともっぱらの噂です。うちの店に柄の悪い男が来たのもモリウッドがそういう輩と手を結んでいることを証明しています」


 カールは俺たちの身を案じていて、手を引かせたいようだ。

 しかし、ミズキの性格を理解している者にとって、むしろ逆効果であることは言うまでもなかった。


「アカネ、今の話聞いた? 悪人確定ならやりやすいよね」


「姫様のお言葉通りです。そのオーナーに取り巻き、一網打尽にしましょう」


 レイランドに観光目的で行くはずだったのだが、ミズキとアカネの中でモリウッドを成敗することになりかけている。

 案の定、正義感が強いわけではないアデルは困ったような顔を見せていた。


「ミズキさん、本気でやるつもりですか?」


 俺はミズキの気持ちが本気でないことを願い、間の抜けた声で問いかけた。


「もちろん! アカネがいるし、もしもの時は二人も協力してくれるでしょ?」


 ミズキは無邪気な顔で、俺とアデルを見た。

 俺は曖昧な笑みを返すことしかできず、アデルはお手上げといった感じで両手を広げて上げた。


「カールさん、俺は並の冒険者程度の強さしかないですけど、この三人は腕が立ちます。簡単にはやられません、ご心配なく」


 乘りかかった舟ならばと、不安げなカールをフォローするように言った。

 彼は半信半疑といった様子だったが、こちらに理解を示しているようにも見える。 


「ところで、皆さんは旅の方々のようですが、レイランドに行かれたことは?」


「今日初めてフェルトライン王国に来たので、レイランドも初めてです」


「街までは街道沿いを行けば着きます。ただ、モリウッドの店は見つけにくいでしょう。レイランドは面積が広い上に入り組んでいます。私かドリスが同行できればよいですが……」


「あなた、この方たちを案内して。見ず知らずのわたしたちを助けようとしてくださるのだから、それぐらいは協力しないと。お客さんには悪いけど、店は数日閉めるのよ」


「……ドリス。分かった、そうしよう。店が閉まっていれば、あの男も嫌がらせのしようがないはずだ」


 カールはドリスと話した後、何かを決意したような表情で俺たちの方を向いた。

 そして、おもむろに口を開く。  


「私に皆さんの案内をさせてください。モリウッドに抵抗すること自体、レイランド周辺に住む者には勇気がいることです。しかし、皆さんは危険を承知の上で引き受けようとしてくれた」


「うんうん、話がまとまったようでよかった。こっちの地図だとレイランドの中までは詳しく書いてないし、カールさんが来てくれるなら助かるよ」


「とんでもない。こちらこそよろしくお願いします」


 カールとドリスは深々と頭を下げた。 

 それを見たミズキは、まあまあ頭を上げてとフォローしていた。


 カールの同行が決まると、彼はコックコートから私服に着替えた。

 この辺りでよく見かける、西洋風の素朴な服装だった。


 俺たちはカールを連れて、町外れに停めた牛車の近くに移動した。

 彼を見送りにドリスもついてきた。


「カール、危ないことは皆さんに任せてね」


「ああっ、分かってる」


「ドリスさん、しばらくカールさんを借りるね」


「はい、どうかお気をつけて」


 俺たちはドリスに見送られながら、牛車に乗って出発した。

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