発展を遂げた国フェルトライン

買収されそうな食堂

 俺たちは町を散策しながら、地元の人にたずねて食事ができる場所を聞いた。

 町の規模からして店の数は限られているようだが、味のことを考えたら現地で確かめることで美味い店に出会える確率は上がる。

 四人で石畳の路地を歩いて、町の人に教えてもらった食堂を見つけた。


「おっ、ここですね。店の名前はパステーテでしたね」


「お腹が空いたから、早速入りましょう」


 アデルが率先して店の扉を開けて、中へと入っていった。

 それから俺とミズキ、アカネも続いた。


「いらっしゃいませ。四名様ですか?」


「ええ、そうよ」


「こちらの席にどうぞ」


 俺たちは店の奥のテーブル席へ案内された。 


 給仕の女は西洋風町娘といった感じの衣服を身につけている。

 白いブラウスに柄の入った赤いスカート。

 バラムでは見かけることはないため、民族衣装のように見える。


 四人が着席した後、同じ女が注文を聞きに来た。


「お昼はミートパイかパスタだけですけど、どちらにしますか?」


 ここに来る前、ミートパイが絶品だと聞いていた。

 それもあって、全員がミートパイを注文した。


 作り置きを焼くだけにしてあるのか、思ったよりも早く料理が出てきた。


「うんうん、これは美味しそう」


「拙者はこの大きさなら二つは楽勝です」


 アカネは洋食を食べ慣れていないようで、喜んでいるように見えた。

 いつも低いテンション――能面美女――なのだが、わずかに興奮を表している。


 それはさておき、焼きたてのパイから漂う香ばしい香りに刺激されて、ナイフとフォークを手に取った。

 切れ目を入れると、中にはたっぷりの挽き肉と野菜が入っていた。

 

「よしっ、いただきます」


 俺は一切れ目をフォークに刺して、おもむろに口へと運んだ。


 濃厚な肉汁と野菜の旨味が凝縮されて、完成度の高い味わいになっている。

 これまでに食べたミートパイの中で、歴代一位の美味さだった。


 俺以外の三人も似たような感想のようで、無言のまま手を動かしている。

 美食家、料理店経営者、大食い女子という食へのこだわりが強い面々のため、美味しい食事に出会うと集中しがちだった。


 アカネは一人だけ三倍速で食べ進めており、いつの間にか二つ目のミートパイを注文していた。

 彼女もこの味が気に入ったようだ。


 店内の様子に意識を向けると、地元客が大半に見えた。

 料理の味と接客がいいので、きっと愛される店なのだろう。


 やがて全員が食事を終えたところで、サービスの紅茶が出された。

 可もなく不可もなくといった味だが、バラムで飲めるものとは風味が異なり、新鮮さを感じることができた。


「いやー、大満足ですね」


「異国の店に足を運ぶのもいいわね。こうして新しい発見があるもの」


 アデルも満足しているようなので、この店にしてよかったみたいだ。


「今回は長距離移動だったけど、ようやくレイランドに着くね」


「順調なら今日の夕方には着くんでしたっけ?」


「うむ、その通りだ」


 俺の問いかけに紅茶をすすっていたアカネが答えた。

 食事が気に入ったようで、心なしか上機嫌に見える。


 こうして仲間たちと旅先で食事を楽しむ理想的な時間だと思う。


 ――と、その時だった。


 店の扉が乱暴に開けられた後、一人の男が中に入ってきた。

 見た目は盗賊のようだが、単独のようなので違うかもしれない。


「おい、店主はいるか!」


 男は店内のお客の様子を気にかける素振りはなく、入り口の近くで大声を上げた。

 その様子を見たアデルは眉をひそめて、不快そうに独り言をつぶやいた。


「あ、あの、困ります」


 店主が出てくる前に給仕の女が怯えた様子で懇願した。

 男のしていることは営業妨害に他ならず、彼女の訴えは正当なものだ。


「もういい加減にしてくれ。あの話なら断っただろう」


 女に続いてコックコート姿の男が現れた。

 おそらく、彼が店主なのだろう。

 店内は静まり返り、誰もが彼らの様子に注意を傾けているように感じられた。


「そうだったか? レイランド随一の名店、グロースハウスのオーナーがこんなちんけな店を買い取ってくださる話だ。悪くはないと思うが」


 盗賊風の男はとぼけた様子で店主に言葉を返した。

 

「分かった、分かったから、今日のところは帰ってくれないか……」


「そうかそうか、物分かりがよくなったじゃないか。また来るからな」


 店主が苦々しい様子で伝えると、男は満足そうな様子で立ち去った。


「お客さん、食事中にすみません」


 男の姿が見えなくなると、店主は席のある方を向いて深々と頭を下げた。

 

 複雑な場面を目にした俺たちだが、食後のお茶を飲み終えてから支払いを済ませて食堂を後にした。

 店を出てから、ミズキが食堂の方を振り返った。


「立ち退きをされそうになってたけど、あの人たちの力になってあげたいよ」


「さすがは姫様。将来サクラギを背負う方にふさわしい優しさです」


 アカネの過保護ぶりはともかく、ミズキの意見は一理あると思った。


「うーん、美味しいお店だし、助けてあげたいのも山々だけれど。この辺りのことに明るくないから、手伝うにしても力になれるのかしら」


「アデルの意見は的確ですけど、このままにしておくのも寝覚めが悪いですね。まずは店の人に事情を聞いてみてはどうですか?」


「ほほう、見直しました」


 ミズキの意見に賛同を示したからなのか、アカネが棒読み気味で感心したように言った。


「気は進まないけれど、マルクの言うように聞いてみるのはいいと思うわ」


 食堂から少し離れた位置まで歩いていたが、俺たちは来た道を引き返した。

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